そうして彼女は嘘をついた2
- 115 名前: 5−1 投稿日: 2002/09/25(水) 01:52
- 「――出た」
検索してから二秒とかけずに、MAGIは映像データを表示する。
(この人が……碇ユイ)
昔聞いたシンジの言葉が脳裏に蘇った。
『母さんに関係するものは、全部捨てちゃったんだって……』
(でもまあ、私物には残ってなくても、こうして公式記録には残ってるのよね……)
何枚かプリントアウトして持って帰ってあげようか――そんなことを思った。
母の記憶について彼女も悲しい過去を持っているからこそ、わかる。せめて写真の一枚だけでも残していて欲しいのだと。それで慰めになるわけではないのは承知の上で、なお思う。
「けど、まあ」
――全然違うじゃない。
アスカは碇ユイの隣りに立ち、笑っているゲンドウの姿を見つけていた。
満ち足りた笑顔だった。
「……碇ユイ博士、ね」
リツコは問われ、手に持っていたマグカップに視線を落とした。かき混ぜた黒い水面に、彼女の顔はぼんやりと映っていた。
「通り一遍のことは聞いたけど、それでもちょっと気になるのよ」
「……私も記録に残っている以上は知らないわ。まあ、母さんから色々と聞いてはいるけどね」
「とりあえずロボットを製作したり、バラの品種改良とかしたり――は? そんなことはデータの上には残っていなかったけど」
リツコは俯いたままで目線を上げ、やがて口元に自嘲の笑みを浮かべた。
「母さんが言ってたことがあるわ。“悪魔のような女”だって」
「“魔女”じゃなくて?」
「“悪魔の方が格上”だって」
そういいながら、リツコはマグカップをテーブルに置く。
「母さんは、自ら“魔女”の名を任じていた人だったから」
「リツコのお母さんだものね」
二人はそこでひとしきり笑った。
やがて、
「とにかく凄い女性だったのは確かね。あの母さんが舌を巻くくらい。聞いた話だと、MAGIの基礎理論を直伝とは言え二十時間で把握しちゃったそうだし」
「うそ」
「裏死海文書の解読についても一見識持っていたらしいわ。副司令に言わせれば“シャンポリオンも真っ青”だって」
聞けば聞くほど大した女性であるようだった。
E計画の立案から始って、初期とは言え全ての部署に何らかのかかわりをもっていたというのだ。だが、アスカは聞いていて首を傾げた。それほどの実力者であったという話はほとんど始めて聞いたのだ。今まで調べていて、彼女の名前を口にした者はいなかった。
それについてはリツコは少しだけ思案したあげく、何処か疲れたような眼差しをしてから、やがてその瞼も伏せた。
「――タブーになってるから」
「……まあ、初号機の中に取り込まれたなんてのは、あまり口にしたくはないわね」
「ちょっと違うわね」
あの当時は、まだ組織としての体裁は整ってなかった。それがどういう結果を生んだのかは、その後のマスコミの騒ぎからして明らかだ。
「誰かが……まあ、今となっては名前はわかっているけど、とにかくその時の研究スタッフのメンバーが守秘義務を破ったのよ」
「人間としては当然って気がするけど。研究所内部でとは言え、人が死ぬのを見過ごすなんてできなかったんでしょ?」
「その正義感が何をもたらしたかは、貴方も知ってるんじゃないの? シンジ君、かなり苦労したみたいね」
「……この国のマスコミがまっとうに機能していないというのは知っているけど、そんな酷かったの?」
「色々と憶測も流れていたから。それに後でわかったんだけど、その漏らした人物は正義感でやった訳じゃなかったの」
「――どういうこと?」
「横恋慕していたのよ。ユイさんに」
だから……。
リツコは言葉を濁した。
アスカもまた、吐き捨てるように。
「最低ね」
「あと、それと、もう一つ」
リツコはテーブルに置いたマグカップを手にとった。
「あの人がね、泣いたんですって。縋りつくように。凄い声で。だから」
「……愛してたのね。本当に……」
アスカはプリントアウトされたゲンドウとユイの二人の姿を眺めながら、何処か羨ましげに呟いていた。
(でも)
――人が生きた証を残したいから――
「確か、そんなこと言ってたって……どういうことかしら?」
ユイの思惑をゲンドウは知らなかったのだろうか?
しばし考えたが、結論はでなかった。
やがて。
立ち上がり、彼女は地下の花園へと赴くことに決めた。
- 116 名前: 背信者・我乱堂 投稿日: 2002/09/25(水)
02:02
- もう一つ書くつもりだったけど、時間がないので……。
- 117 名前: 5−2 投稿日: 2002/09/27(金) 17:14
- 先日と同じ刻限にそこにいくと、同じように彼は立っていた。
薔薇の花園の中で、立っていた。
「こんにちわ」
先日とは違い、アスカはまっすぐにゲンドウのそばに歩み寄り、ゲンドウがさきほど見ていただろう薔薇を覗き込む。
「また君か」
何の用だ、とはもう聞かなかった。彼女が何を目的としているのかは、先日に聞いている。そのことについては詳しく話もした。要件があるとしたら、それに関連することだろう。
だから。
「奥様のことについて聞きたいんです」
そういわれたとき、少し驚いた。
「ユイについてかね?」
「ええ」
「ふん……」
彼は歩き出し、花園の中央にあるベンチに腰掛けた。
アスカもその後を追い、ベンチのゲンドウの坐った逆の端に腰を下ろす。間の距離がどこか白々しかった。
「――今更な質問だな」
と彼は言った。何処か揶揄するような成分が混じっていたような気がした。
「奥様が中心的な役割を果たしていたことは知っていましたが、誰もそのことについての詳細は教えていただけませんでしたから」
言いながら、アスカは自分でも言い訳めいていると思った。
彼は一度だけアスカの方を見た。
酷く寂しそうに笑っていた。
(え? なんで――)
その意味を推し量る暇も与えられず、彼は口を開いた。
「ユイは――ある意味で天才だった」
「……天才、ですか」
反射的に眉をひそめていた。
アスカは才能とか天性とか素質とか、その類の言葉が嫌いである。皆に天才と称されながらどうして、と思われるかも知れないが、彼女自身が「天才」と自称したことはない。彼女をそう呼んでいる人間は努力を放棄してると思えた。
“所詮は天才には及ばない”
そう己と周囲に言い訳している。
唾棄すべき輩だ。
そもそも何をなしても「才能があるから」という言葉で締めくくられては溜まったものではない。一つの技能を得るため、そのために自分が何を犠牲にしたのか、何を代償にしたのか、そのことを何も知らずに彼女の才能を褒め称え、影では嫉妬する……彼女は幼くしてそのような図式を見切った。だから、結果に拘った。結果しかこいつらは見ないから。結果だけでしか評価はされないから。かつてシンジに対して激しい敵愾心を抱き、遂には心を壊すまでに到ったのは、シンジがなすべきための努力をほとんどしていなかったように見えていたのにも関わらず、自分以上の成果を出していたからだった。自分の人生を否定されたのも同然に思えた。
……数年を経て、アスカはシンジに愛情を抱くようになり、かつての嫌悪などは解消できた。それでもなお、彼女は過去の自分にかけられていた無責任な賞賛に対する侮蔑の念を引きずっていたのだった。
ゲンドウは、アスカの心情など気づかない風に、ただ頷く。
「集中力の瞬発性と持続性が共に人並みはずれていた」
まるで運動選手を褒めているみたいだ、と思った。
「具体的には?」
アスカは、自分の声に棘が入らないように注意して尋ねる。
「一つのことに集中すると、周りが見えなくなるほどに没頭する。まだ研究中だったMAGIについて興味を持った時など、四時間で赤木ナオコ博士の論文の全てを読破し、十六時間かけて膨大な仕様書を読み上げ、基礎理論を習得してしまった」
「…………」
二十時間、というのは、てっきり講義か何かを受けてだと思っていたので、アスカは声もなかった。
「さすがに、その直後から十二時間は眠りっぱなしだったが」
「はあ……」
「それと、物事の骨子……本質、根源的なものを捉えることにも長けていた」
――だから。
不意に、口をつぐんだ。
アスカは不思議そうに言動の横顔を眺める。何か辛いことを堪えているようにも見えた。
にも関わらず、「だから?」と答えを促すように、鸚鵡返しに言葉を吐いてしまった理由は彼女自身にもわからなかった。
「だから……人間の存在の意味などにも、気づいてしまった……」
- 118 名前: 背信者・我乱堂 投稿日: 2002/09/28(土)
11:38
- ふと思ったのだけど、“亡き妻の思い出話”って、定番だな……と。
色々と。
From:『そうして彼女は嘘をついた。』