「アスカ、満たされぬ愛」 ♯3 前編
 LHS廚 (あくまでイメージ)ばーじょん。



「恋愛は嫉妬や浮気、性欲に始まって・・・・色々と汚い点もある物なの。
 ハッキリ言って汚い点が全てだと言えるくらいに。
 もしそれを受け入れられないのなら教会に行きなさい?
 あそこならただで『裏切らない愛』をくれるわ。
 でも貴方、『不特定多数への愛』で満足できる? 貴方を愛してる私は満足できないわ。
 そして、多分貴方も満足出来ないはず。だって貴方も私を愛してる・・・。
 『お互いに夫や妻を裏切って』ね・・判る? 私達は汚れてるの」

    R指定的ビデオ「穢れを望むもの」より

 

◆ ◆ ◆

 

僕の人生が変化する時はたいてい大きな驚きが発生するものらしい。


「遅いな…一昨日はあんなにはしゃいでたのに。本当に学校で別れてからは知らないのかい?」
「・・・やっぱり出ない。携帯も切ってるみたいです」
「そう言えば…マヤさんがリハビリを監督してるんですよね。最後にアスカに会ったのって何時ですか?」
「私が最後に会ったのは控え室の前よ。注文されたスーツを渡したから着替えてるんじゃない?
 あ、ほら、来たわよ」

足音を大きく響かせて計器類の影からアスカが現れた。
彼女の情熱を示したような赤い・・・?


「待たせたわね!みんな!!」


「「え!!」」

父さんに捨てられた時。
始めて綾波(?)を見た時。
初号機の頭を見て・・・しかもそれに乗れ、と言われた時。
アスカと始めて出会った瞬間、彼女のスカートがめくれた時。
マグマの中に飛び込んだ後、飛び込めた理由を考えて・・・アスカを好きになっている事に気付いた時。
ヒカリとのデートとアスカとのキス。
ボロボロになった弐号機と特攻をする零号機。
綾波の正体。
カヲル君の事。
サードインパクトのこと。
ヒカリの告白、初体験。


こんな関係になった今になって思う。
僕達に対するアスカの『復讐』はこの時始まったんだろう。

 

◆ ◆ ◆



アスカの変化に初めて気づいたのは長崎から戻って発令所の皆にお土産を配っていた時のこと。
『お土産もらいに来たわよ』とひょっこり現れたアスカは明らかに以前と印象が変わっていた。
以前のアスカは無理やり大人の振りをしている感じがしていたけど、今の彼女は自然な『大人の魅力』に満ちている気がして。
ヒカリの前なのに目が話せなかった。

「・・・・・どうしたの?、シ・・碇君」
「なーにじろじろ見てんのよっ」
「え、あ、いや、やけに機嫌が良さそうだな、って思って」
「ふうん・・・ま、いいわ。それよりアンタに手紙。相田からよ?」


渡されたケンスケからの手紙には、トウジが帰ってくる事、それに併せてクラス会を開きたいから
都合がいいなら僕達二人に(見付かっていたら綾波も)出席して欲しい事などが書かれている。


「相田は知ってるの? アタシの事」
「入院してた事は教えてあるけど、そういえば退院したのは教えてなかったね」
「じゃあさ、盛り上がった所でアタシが登場して皆をビックリさせる、ってのは?」
「ちょっと悪趣味じゃない、アスカぁ・・・・」
「いいじゃない、あいつら見舞いにも来なかったんだしさぁ」
「はは・・・」


 

◆ ◆ ◆


 

僕等が始めて肌を重ねた日から一週間が過ぎた頃。
退院した僕がまずやった事は『あの日』以来始めてケンスケと連絡を取る事だった。


『……ということは何か? 二年以上同棲してやっと告白したのか? 委員長は』
「仕方無いよ、僕達にとってトウジとアスカがそれ程大きな存在だったって事だと思う。
 彼女は僕がアスカを好きだと信じて疑ってなかったし、僕だってそうだったんだよ?」
『一言を言うためにかける時間じゃないと思うんだがね、まぁ、とりあえずうまく行ったのならいいか。
 …あ、そうだ、まだ謝ってなかったな』
「え? 何か謝ってもらう事って、あった?」
『あの時の電話の事だよ。すまなかったな。嫉妬だけでシンジの気持ちを考えてなかった』
「僕の方こそ。 あの頃の僕こそ後ろ向きじゃ無かったらトウジの足も…」
『待った! その件ならトウジの伝言がある。

 「ワイが欲しいのは友情で、同情やない」

だとさ。 ホント、恥ずかしい奴だよ…』

「うん。判った。トウジに言っといて。『再開した時に謝ったらぶん殴っていい』ってさ」
『……本当にお前、変わったよ』
「そうかな? 僕自身はそれほど変わった気はしないんだけど」
『いいじゃないか、いい意味で変わったんだから。 じゃあ俺の方はそろそろ仕事…
 一人身に『Rもの』はなぁ…。 休みが出来たらすぐ連絡する。 今度はこっちからかけるよ。じゃ!』

 

ちん!

 

「ふう…あ、ありがとう」


受話器を置いた僕にヒカリが麦茶をついだコップを渡してくれる。
こんな彼女が傍にいるから、僕はあの頃の関係を少しずつでも修復する勇気が持てるんだ。


「教えてくれた?」
「ううん…結局、トウジの連絡先は教えてくれなかったよ。 
 『センセと話すと綾波の事を聞きたくなって仕方なくなるから聞かれても教えんでくれ』って」
「私には相田君経由で一度だけメールが来たわ。『アメリカを飛び回りながら仕事しとるよ』って。
 『綾波さんの事を聞きたくないから』か、鈴原らしいな…。
 そう言えば知ってた? あの頃ってシンジと鈴原が女子の人気をほぼ二分してたんだよ?」
「え!? 僕が? 嘘でしょ!?」

ソファーにうつ伏せた僕の左肩にヒカリが顔を寄せて、頬をすりよせあう…まるで猫になったみたいだ。

「シンジはどっちかと言えば美形だけど、後ろ向きって言うか、自分中心だった点がマイナス。
 鈴原は妹さんの事もあったし性格はとてもいいんだけど、ジャージが高いハードルになってたみたい。
 まぁ…貴方にはアスカ、鈴原には私がいるって皆思ってたから、シンジに告白しようとする子は
 転校してきたばかりでその辺の事情を知らなかった霧島さんや山岸さんぐらいしかいなかったの」

何もマイナスイメージだけを並べなくても・・・。

「じゃあ、何で僕を選んだの?」
「いい意味で《気の迷い》よ、多分ね」
「・・・・・もしかして、昨日の・・・その・・・『大騒ぎ』の仕返し?」
「うん♪」


この日から丁度八ヶ月後。アスカは目を覚ますことになる。
僕の盛大な驚きとヒカリの叫び声を共にしながら。

 

◆ ◆ ◆

 

「それにしてもアイツがレイの事を好きだったなんてねぇ。ホントにシンジは気付かなかったの?」
「………」
「おーい?」
「痛いっ! 殴らないでよ、アスカぁ」
「ジャージがレイを好きだったって印象はあった? って聞いてるのよ!」
「え、あ、うん。第十一使徒戦直後の頃にひとつあったくらいかな」
「? なにそれ」
「放課後にバスケットをやってた時、綾波が通りかかって僕らに「さよなら」って一声掛けたんだよね。
 そしたらトウジだけ…急にパスがそれたりシュートが入らなくなったりした事があったんだよ」

僕の話にアスカは妙に納得した顔になる。

「ヒカリの『相談』の前ね、今の話。 成る程、その頃からレイの事を好きだった訳か・・・・」
「『相談』?」
「一度ヒカリに相談されてたのよ、鈴原の事。 レイと屋上で話してるのを見たらしくてさ」


(あれ?…綾波の事を『レイ』って呼んでる…いつの間に)

今日二つ目の疑問をよそに、トウジがジャージしか着なかった理由の話から北高の制服の
デザインの話に繋がって…いつの間にか僕たちの『制服』プラグスーツの話になった。

 

「そういえばさ、ヘッドセットもそうだけど、ヒカリってアタシ用のプラグスーツ使ってるって聞いたけど」
「う、うん。アスカの勇気を分けて貰えると思って同じデザインのをお願いしたの。
 赤はアスカの色だと思ったから色は緑色に変えてもらったけどね。
 そ、そういえばアスカはヘッドセット使わないの? 髪留めとしてだけでも使った方がいいんじゃない?」


そういえば、以前は髪を編むのを『痛むのよ!』と嫌ってたのに、最近はずっと三つ編みにしてる。
そんな事すら気付かない程に僕のアスカに対する気持ちは薄れてたんだな…。


「まだアタシの新しいヘッドセットは出来てないのよ。スーツと一緒に後二日ほどで出来るらしいけどね」
「新しいスーツ?」
「アンタバカァ? ずっと寝てたとはいえ三年経ってるの!十四歳の頃のスーツが合う訳無いじゃない。
 アタシだって十七歳、体は十分に成長したんだから。 例えば胸だって…ほれほれぇ」
「ちょ、アスカぁ?!」

十四歳の僕なら嬉しくて仕方が無かっただろう感触が背中に二つ。
でもやっぱり以前のような気持ちにはなれなくて、振り向きながら軽く肩を押してやんわりと離してしまう。

( え・・・? )


一瞬アスカの顔がひどく寂しそうに見えた。 けど、すぐにそれは明るく怒った顔にとって変わって…。

「…ほっほう……この大馬鹿シンジィ! アタシの胸の感触はそんなに嫌かぁー!!」

手加減なしに僕に締め技をかけてきた。

「ぐ、ぐる…じい…」
「アスカ!締まってる!頚動脈が締まってる!顔が紫になってる!」

そんな声を聞きながら僕はあっさりと気絶して、医療班のお世話になった。


 

◆ ◆ ◆



アスカが退院してから一ヶ月。
そしてアスカが僕達と暮らし始めてから丁度二週間が経ったこの日。

 

『普通』とのずれはこの日、ここから始まった。

 

アスカに対する罪悪感から溜まっていたストレスが爆発したヒカリに巻き込まれ、何時に無く情熱的な
彼女に止めるべき僕もいつの間にか盛り上がって…お互いを求める事にのめり込んでしまった。

今は「ふにゃぁ…もうおなかいっぱい」と恍惚な表情のヒカリの背中に体を合わせて余韻に浸ってる。

体中についたキスマークを見せ付けるようにしながら満面の笑みをうかべるヒカリ。
最近は一つ付いても『アスカに見つかったらどうするのよ』と怒るんだけど今日はそれすらなかった。
本当に溜まってたんだな……彼女も。

「んーんっ♪」

ベッドをきしませ体を起こした彼女は僕の肩の傷にキスをする。
これは始めて結ばれた時から続いてるヒカリの『儀式』。


「これで三回連続なんだよ、まったく……? ご機嫌だね、ヒカリ」
「アスカには悪いとは思うんだけど、『どうしてもシタいと思う時』って女にもあるから♪」

すぐ隣のシャワー室に入ろうとして、「一緒に入る?」と聞いてくるけど、今日は定期テストもあったし
さすがに休憩したかった僕はきっぱりとそれを拒否した。


「初めての時といい、今といい、シンジってこう言う時だけはしっかり自分の気持ちを通すのよねぇ」
「初めて? …ああ、あの時は……」
「あの時は?」

照れくさそうに鼻をかく。

「信じて欲しかったから、ただ自分の気持ちをぶつけただけだよ。僕だって初めてだったんだから。
 ヒカリを傷付けない様に自制するのが辛かった位だったんだよ?」
「それにしては…巧かった」

ジト目で僕の顔を見るヒカリ。

「何が?」
「女の…愛し方…」

一気に顔が真っ赤になる!
ヒカリはこんな時の僕を見るのが好きらしい。 けどやっぱり恥ずかしいよ。

「あ、あれは第二のケンスケに教わってただけだよ!? 初体験の時、気を付けなきゃいけない事を
 解説しているサイトとか、ケンスケも関わったらしい純愛物の「Rビ(R指定的ビデオ)」の
 タイトルとか…。まぁ、興味もあったからだけど」
「ふぅん…覚えてないの……確か相田君に電話したのって『初体験』の後よ…?」
「あ!」
「ふふっ…信じてあげる」

≪ファースト、サードはシミュレーション・ルームへ…後五分待ってあげるから、早く来いよ?≫

日向さんのアナウンスが響く。僕達は妙に恥ずかしくなって大急ぎで支度を始めていた。

正直な話、使徒と戦っていたあの頃のように頻繁にテストを行う必要は無い。
ただ、僕が1stに繰り上げられ、ヒカリが3rdになった日から可能な限り彼女のテストに付き合っている。
なんとなく、巻き込んだ気がしてしまうからだろう。

「監視カメラ、もしかしてこの部屋にまだあるんじゃないの? 変にアナウンスのタイミングよかったけど」
「カメラは僕等の目の前で外してくれたでしょ…第一日向さんはそんな事する人じゃ無いってば…」


 じゃれ合いながらシャワー室に『二人で』入った。

 

◆ ◆ ◆



『無いはず』のカメラが撮っていた情事の一部始終をベッドの上で見ていた二人。
差し出されたマヤの手には褐色の薬ビンが大小二本。

「一応警告しておくけど、二人の体質に徹底的に合わせた分、効き目は非常に強いわ。

 さっきの絡みを見たでしょ?
 『刷り込み』が起きない様に規定量の半分程度にしたのにあれなんだから。

 あ、そうそう…暗示効果がこの薬の主目的である以上、そう何度も使わないでね。
 使用は一ヶ月に一回が限度、 それ以上は駄目…あ、こっちの小さいビンがが中和剤ね。
 大体五分前に飲めば、貴女に薬の効果は出ないわ」


さまざまな体液でぬれた手が白い蓋の小さいビンを指差す。


「ありがと、マヤ。いろいろ教えてくれた上にこんなものまで用意してくれて…」

薬の入ったビンを受け取り、服を着始めるアスカ。
彼女の瞳には二週間前にこの部屋にはいる前にあった微かな迷いさえ消えている。


「私達もこの二週間は楽しませて貰ったし、ちょっとした御礼…と思ってね。
 できれば『花麒麟』のメンバーに留まって欲しい所なんだけど…」

マヤの誘いにアスカはハッキリと首を振る。

「それだけはできないわ。アタシが欲しいのは快楽じゃない、『あの二人』なの。
 快楽は『手段』にすぎないの。アイツの心はヒカリに獲られたから…。
 だからマヤの言う通り、あの二人の『主人』になって体だけでも手に入れる。
 こんな体の『アタシ』だからね…じゃ」


彼女は軽く手を振って部屋を出て行った。
入れ替わりに現れた女性職員が百合と花麒麟が染め抜かれたタオルを手渡す。

「いいんですか?」
「いいのよナギサ…本当に手に入れたいのはあの子じゃないし、多分彼女も戻ってくるわ」

男性職員たちが彼女に持つ印象、『清楚』や『幼さ』といった印象とはかけ離れた笑みを浮かべる彼女。

『だってアスカは…ねぇ』

 


その頃のシミュレーションルーム。

≪テスト終了。シンジ君65.8%。ヒカリちゃんは49.85%。 うん、休み明けとしてはまずまずだね。
 そう言えば二人とも、これからアスカちゃんがテストを受けるけど…見て行くかい?≫

テストプラグ内の通信ディスプレイごし顔を見合わせる二人。

「今日だったんですか?日向さん?」
≪一昨日決まってたんだけど、話してなかったのかい、彼女…どうする?≫
「「絶対に見ていきます!」」

何よりもアスカを大切に思っている二人にとって、それは当たり前の選択だった。

 

◆ ◆ ◆



今、僕達の前にいるアスカは赤い綾波のプラグスーツと対照的な白いヘッドセットをつけ……。
レイそっくりにした短い・・・髪。

「あ、アスカ…それ」
「前に話したでしょ?『アタシが目覚めるきっかけはレイだった』って。それでマヤに頼んだの。
 『アタシの体格に合わせたレイ用デザインの赤くしたバージョンを用意してくれないか』ってね。
 ちなみにヘッドセットはレイの物を白いまま使うことにしたわ。 理由はヒカリと一緒。
 私に生きる意志を回復させたのはシンジとの事もあるけど…たとえ夢でもレイの力も大きいと思う。
 だからレイの予備を使わせて貰う事にしたの」

「じゃ、じゃあ髪…は」
「ずっと三つ編みにしてたら枝毛が目立っちゃって。思い切りばっさりと切ったの。
 切るんだったらいっその事髪もレイに合わせちゃえ!ってね」

「おーい! 始めるぞぉ!予定が押してるんだからなぁ」

「わっかりましたぁ!」

 

そして、その成績は……。

 

『82.79%』

 

復帰後第一回目の記録とは思えなかった。
僕達は二人とも70%を超える事は出来ていなかったから…。

そして、一瞬の後、テストルームに大歓声が巻き起こった。
誰もがアスカの復活を待ち望んでいたんだから、喜びもひとしお、と言うところだろう。

でも、僕にはそれがアスカの僕達に対する『開戦の狼煙』としか思えなかった。

 

 ◆


※ 花麒麟 
  リツコ(11月21日)の誕生花の一つ。
  花言葉は「逆境に耐える」


[Back] [Menu] [Next]