同窓会にて

Original text:引き気味


『 彼との淫らな秘密アルバム (上) 』


 その日はアスカにとって、旧壱中2-Aの面々にとって、数年ぶりの同窓会だった。
 今は第3新東京市を離れた面々と顔を合わせる機会は滅多に無く、思い出話は盛り上がる。一しきり、誰も彼もが手当たり次第のように再会を喜んで現況を尋ね合う時間が。
 そうしてやがて、皆は自然とあの頃に戻ったかのようにかつての仲良しグループごとに別れた形となっていた。

 そんな中、とある女ばかりのテーブルで盛り上がっていたのは、やはり男の話題。特に、記憶にある姿とは見違える変化を遂げた幾人かについてであった。
「そうよ、そう、あいつよ。カメラオタクの相田!」
「やだ、盗撮魔とか呼ばれてたやつじゃない」
「ひっどい渾名よねぇ〜」
 相田ケンスケなどはその中でも意外さで目を引いた一人で、今は芸能界の華やかな仕事も手がける一流カメラマンとして活躍しているらしいとの話だ。
 たしかに、オタク丸出しだった中学生時代からすると、随分と垢抜けた雰囲気。
 やぼったかったメガネが流行のフレームに変わり、目立っていたニキビの跡も消えたか消したか。話術もえらく巧みになったようで、当時の彼を毛嫌いしていた筈の女の子達も引き込む洒脱なジョークを連発して、場を湧かせているのだった。
「でもちょっと、素敵な感じじゃない?」
「相田君の今のお仕事って、アイドルとかとも付き合うんでしょ? ひょっとしてスキャンダルなんか経験しちゃってたりして」
「やぁだ、もう〜」
 きゃいきゃいと笑いさざめきながら、彼女達もまた妙に女受けするようになったかつてのクラスメイトに、興味を押さえられない様子である。

「変れば変るもんよね。あの相田が随分とモテるようになって」
 今度はどんな話を披露したのか、黄色い声を上げる女の子達に囲まれるケンスケ。眺めていて驚いたわと首をふったのは、そうやって彼の話題に盛り上がっているテーブルからの声も届く位置で、壁に背を預けていたアスカだった。
 横には近々に結婚する予定があるとかいう洞木ヒカリと、今でも腐れ縁のレイがいる。
 当時から際立った容姿で人目を惹いていたアスカとレイだ。大人の女性として美しく成長したところに同窓会用のおめかしをしていることもあり、そうやって壁の花に放っておかせるものかと寄ってくる男たちのあしらいにも忙しい。
 ことに、殆どのクラスメイトは制服以外の格好を見たことが無かったレイの、彼女ですら普段着より明らかにワンランク上のワンピースを着込んできた姿には、驚きもあっての評判が大きかった。
 誰にそんなお洒落を吹き込まれたのやら、ほっそりとした首元にはシルバーの小さなクロスを下げたチョーカーが巻かれていたりする。
 傍らにいるアスカの―― 元から派手好きと認識されていたことと、なによりそのブロンドが豪奢な容姿に似合っていることで、かろうじて「浮いてる」と評されずに済んでいる―― 胸元大胆なフォーマルドレス姿にも負けてない、人気ぶりだ。
 そうやって、アスカにしてみれば出席を決めた時から予想も期待もしていたひっきりなしのアプローチを、ひとまず捌ききり。息をつきつつ、苦笑いのヒカリなどと交わす話が最終的に落ち着いたのが、向こうの方で騒がれている彼のことだった。

「カメラマンのお仕事って、話も上手じゃないといけないって聞くわ。相田君も頑張ったってことじゃないかしら」
「何したって文句も言わない山とか森とか、そんな写真撮るのが精々だと思ったんだけどねぇ」
 ふん、とアスカが軽く鼻をならして吐き捨てたのは、先程ちらりと目が合ったケンスケが、随分と余裕の態度で馴れ馴れしくウインクなんか寄越してきたから。
 ついでに、他の男共の目ならば胸の谷間あたりで釘付けに集めるだけ集めまくっていた自信のコーディネイトを軽く無視して、それどころか隣のレイの方に感心した風な目付きをじろじろと送っていたのも、微妙に癇にさわっていた。
 横目でさりげなく確認すれば、落ち着いたダークブルーのワンピースは確かに儚げな美人に成長したレイにぴったり。首元を飾る十字架というアイテムもそうで、神秘的な雰囲気さえ演出してのけている。
 けれど、
「カメラの腕をもっと磨くんだって息巻いてるの前に聞かされたけど。……ああいうのも、修行の内だったのかしら」
 取り巻きと化した女の子達―― アスカが見るに、どの子も所詮並レベルだ―― を褒めまくって良い気分にさせている暇があるのなら、とも思うのだ。
 以前はあれだけ人をおだてまくって、写真を撮らせてくれと頭を下げてきていたというのに。
 はん、このアスカ様を放っておいてなんて、あの相田も出世したもんよねー。とは、さすがに心の裡で収めておくセリフ。周りにいるのは、気心の知れた連中ばかりではない。
「あら? アスカ、卒業した後相田君と会ったことがあったの?」
 そんな彼女に、たしかあんまり仲は良くなかったわよねと聞き返す、昔からの親友。
 アスカは、むっと唸った。
 言われる通り教室では角突き合わせてばかりだったし、あの相田ケンスケと卒業後も親交が? と訊かれてそのまま頷くのは、女の子にとって外聞悪いのではなかろうか。“盗撮魔”相田ケンスケのイメージ的に。
 それはと説明しかけて、そこではたと何かを思い付いたような悪戯な表情を作る。
「その様子じゃ気付いてないみたいだけど。中学の時あいつと一番仲良かった女子って言ったら、その中にヒカリも入ってるのよ?」
「え、ええっ? どうして?」
「だって、ヒカリも放課後にわざわざ相田とお食事したりしてたじゃない。忘れちゃったの?」
「え、え、ええっ!?」
 意味深にニヤニヤと小突かれて、相変わらず純朴そうなまま大人になった彼女は目を白黒させる。何を言っているのと焦りつつ、どうやら必死に記憶を掘り返そうとしている様子。
 思い当たるものなんて無いだろうに。
 充分、友人の慌てるところを楽しんでから、アスカは教えてやった。
「ミサトの昇進祝い。うちで皆で食べたじゃない」
「あ、ああっ、あれね。なんだ、あれのことかぁ……」
 思い出した、とほっとした表情。そして、『からかわないでよ、もうっ!』と膨れてみせる。
 もうすぐ人妻になろうというのに、幾つになっても随分と可愛らしい顔をしてみせるものだ。
「ごめんごめん。でも分ったでしょ? 別に私らにそんなつもりなくっても、シンジがいつも三馬鹿トリオでつるんでたからね。で、ヒカリは私と仲が良かった。だから2-Aの女子の中だと、私らはあいつと仲良くしてったって扱いだったわけ。……こいつもね」
 一人素知らぬ顔でちびちびアルコールを舐めていたレイの腕も引っ張ってみせる。
「……不本意。あなたと一緒にしないで」
「言うじゃない、優等生」
「あはは。でも私にしてみたらアスカがちょっと意外だったかな」
「何のこと?」
「さっきは仲が良くなかったって言い方したけど。でも本当言うと、アスカ、一時期凄く相田君と険悪だったでしょ?」

 ―― 良く見ている。さすが、とアスカは内心で驚いていた。
 と同時に、表情に出ないように注意もする。
「それって……やっぱり相田君の趣味のせい?」
「趣味っていうか」
 アスカは言葉を濁した。濁さざるをえない、微妙な話題だった。
「あいつ、商売なんてしてやがったじゃない。私たちの写真撮って。それも、隠し撮りまでしてよ?」
「……女子の着替えまで撮ってたわ」
「……うん。私も知ってた」
 ぼそりとレイが出した話も、一部の女子の間では「事件」として記憶に残されていることだった。
 学校側にこそ発覚せず、大騒ぎになることもなかったが。それでも思春期の中学生女子が着替えの最中を、下着姿でいたり肌を見せてしまっているところを覗かれ、写真にまで撮られたのだ。事実を知った者が怒り心頭となってしまうのも当然だ。
 特にアスカは知っていた。
 女子更衣室代わりに使われている真っ最中なのに、迂闊にも窓枠二つ分ぐらいカーテンが開いてしまっていた大きな隙間。これを、外の木の枝越しに相田ケンスケが望遠レンズで撮影した一連の盗撮写真。そのアングルは、最悪にもアスカの席を真ん中に捉えていた。
 折しも、一緒に着替えていた誰かにバストのことでからかわれた瞬間だったのか。アスカはブラジャーも付けていない裸の胸を両腕で庇ってしゃがみ込み、恥ずかしがってみせていた。
 『もう、やだあっ』と、同性同士の気安さで文句も笑いながらだった、その時の声さえ聞えてきそうな瞬間が―― カメラによって切り取られていたのである。
 腰から下こそは手前の机で隠れていたが、紛れもないセミヌード写真だった。
 裏の商品として出回っていたこれだって我慢ならぬという代物だったのに。問い詰めてみればやはり、ケンスケはその前後もシャッターに収めていたのだ。
 つまり、腕で庇われる寸前の、素裸の上半身。
 初々しくも、ドイツ系クォーターの血が将来有望に育ませようとしている乳房。レモンの実が尖った先端をそうさせているのに似て、純白の膨らみから桜色の乳輪ごと頂きがぷっくり―― 小粒の乳首がそこに存在しているのも。そのやたらに高性能な望遠レンズで、何もかもを確かにはっきり。
 つまりは、14歳の惣流・アスカ・ラングレーの完璧なオールヌード、ポルノ写真。
 自分がいつの間にかそこまでの被害者になっていたのだと気付いて、背筋に覚えた怖気がどれだけのものだったか。本物の軍事教練を受けたアスカの鉄拳で制裁を受けても、女ではない相田ケンスケには本当の理解は出来ていなかっただろう。
 日本に来るまで家族以外の男の視線から隠し通してきた裸身を不届きにも勝手に暴かれ、これは自分の物とこそこそコレクションされてしまっていたことを知った、屈辱の一件だった。

 とは言え、アスカにとってそれは今更蒸し返したい話題でもない。
 今になって糾弾してどうするのか。相田ケンスケは今や一流カメラマンの肩書きと、いかにも芸能界のという空気をまとって現われて、同窓会の女の子達の人気を集めている。ここで過去の悪事をほじくり返す真似をしても、空気を読めと逆に白い目を浴びせられるだけではないのか。
 皆が旧交を暖めている貴重な場をぶち壊しにすることはない。そう言ってみせるアスカに、今度こそヒカリは本当に驚いたようだった。
「随分大人になったのね、アスカ」
「どういう意味よ、それ」
 実のところ、もう大分以前にケンスケとは内々で手打ちを済ませている。遺恨は無い。
 そこも含めてが蒸し返したくない理由の全てになるのだが。あの頃、『女の敵!』と叫びだす勢いで目を三角にしていたヒカリ相手には、その後知らせぬ内に和解していたなどとは教えにくかった。
 そうやって理由の半分を伏せて言えば、随分と物分かりの良い風に聞えてしまったろうか。
 さりとて、だ。いかにもそう感心したといって息を吐かれると、さすがにアスカも口元が引き攣ってしまう。それじゃ、今まであんたの中の私はどれだけガキっぽいやつだったのよ、と。
 だとしても、それで漂いかけていた嫌な空気が拭われるのなら、歓迎すべきだった。
 今度は意識して、アスカも拗ねてみせた。
「これくらい配慮できて当然でしょ。私らもいい加減大人なんだし、もう子供じゃないわよ、子供じゃね」
 ついで少し、お返しの気分も込めて。
「……一足先に、随分とオトナにおなりあそばせらしいヒカリには負けるかもだけどぉ」
 ニヤニヤと、これ見よがしに友人の左の薬指へ視線を注ぐ。
「ええっ? ちょっと、何よアスカ〜。その言い方ってば、何か変なこと考えてたりしない?」
「いえいえいえ。私たちももう立派に成人してるわけですしぃ。ヒカリが婚約者様と普段どんな夜を爛れてお過ごしか―― なんて、それこそ何聞かされても引いちゃったりしないわよぅ?」
「……不潔」
「もうっ、綾波さんまで! からかわないでよ!」
 幸せなゴールインを迎える親友への、少し素直さに欠けた祝福だった。



◆ ◆ ◆

 そうして、皆楽しそうに過ごしていた同窓会の時間は終わった。
 ある者は家族が待っているからと、独身者に暖かくやっかまれつつ家路を急ぎ。またある者は、明日の予定があるからと次の再会を約し去っていく。
 残された者達はお定まりの二次会へ、幾つかのグループに別れて夕暮れの街に流れ込んでいった。
 そしてその中でもごく僅かな幾人かは、そっと旧友達の中から男女で抜けて、街を別の方向へと消えたようだった。
 相田ケンスケもいつの間にか、アスカが気付いた頃には姿が見えなくなっていた。

「だーれとしけ込んだんだか。芸能界ってやっぱチャラチャラしてんのね。すっかり染まっちゃってもう」
 小さなテーブルで、自分たちだけで静かに飲むのにはぴったりのお店。ヒカリとレイと、グラスを傾けながら。アスカはほろ酔いの良い気分になっていた。
「チャラチャラ……?」
「そ、ちゃーらちゃーら、軽いったら無いわ。尻軽よね」
「……それは女性に対して使う表現。彼のお尻が軽いというのなら、別の意味になってしまう」
「ま! さすが優等生は発想が豊かだわ。このアスカ様も、まさかあいつが男引っかけてるとかまでは考えなかったわ。普通に考えて女でしょ、女。そういや、マユミがなんかやけに熱心に口説かれてたわよねー」
「山岸さんかぁ。なんか、凄く短い間しか一緒に居られなかった覚えがあるけど、よく連絡付いたわよね。誰が呼んだのかしら」
「シンジじゃない? あいつんとこ、たま〜に連絡してみたいだったし」
「アスカも大変ねぇ……」
「べっつにー。シンジがどんな地雷女に騙されてようと、私の知ったこっちゃないし。うん、後はそうねぇ、そういや確か――
「……私も」
「へ?」
「私も大変。アスカだけじゃないわ」
「はいはい。優等生は黙って飲んでなさいよ」
 女三人で飲みながら、話題はやはりいつしか、彼女達にとっても驚きというしか無い変貌を遂げて現われたケンスケのことに。
 一変した評価に、或いは一変させた女子達に、アスカは呆れていた。
「今度モデルにして〜、なんて言ってる子達、結構いたわよね」
「……少ない数ではなかったわ」
「私、あんまり詳しくないんだけど、相田君たしか随分と立派な賞を取ったんでしょう? カメラで。ニュースで見たって言ってる子もいたわ」
「撮って貰った写真とかあったら自慢の種になったのに〜って。ほんとみんなミーハーなんだから。それなら昔、相田から写真買って、とっとけばよかったのよ。パンチラ写真とかぁ、どうせみんないっぺんは盗撮されてたんだから」
 けらけらと笑って、アスカはグラスを傾けた。

 実を言えば、それは際どい冗談だった。
 中学生時代の相田ケンスケといえば、学校中の女子、綺麗どころを本人に無断でピンナップに撮りまくり、男子相手の小遣い稼ぎをしていることで有名だった男だ。
 風にスカートが煽られた隙をだの、階段の下からアングルを捉えてだののパンチラショットすら取り扱っているとは有名な噂で、それを買う男子共々、見事に軽蔑されていたものである。
 加えて、そうして評判だった「盗撮魔」の渾名、これが実際シャレになっていなかった例の一件。
 ケンスケが秘蔵していた分の実態を知るのは後で問い詰めたアスカ自身だけの筈だが、更衣中の盗撮そのものについてはヒカリも、そしてレイも知っていることだ。
 口にするには注意が要る。
 酒の入ったこんな場面ででもなければ、友人達をただ嫌な気分にさせるだけの恐れがあった。
 それでも敢えて冗談にしてみせることで、“盗撮魔”相田ケンスケにまつわる諸々の記憶を、すべてもう過去の話だとしてしまいたかったのだ。
 もう気になんかしてないわよと、アピールしておきたかったとも言えるだろう。
 だから、軽く流して欲しかった。
 だというのに、
「……私も持ってる」
 ぼそりと、頬をすっかり色っぽく染め上げたレイが言った。
「へ?」
「アスカが持ってるみたいな」
 ―― 彼に撮ってもらった写真、と。
 その言葉は、全ての前提をひっくり返すものだった。

「ちょ、ちょっとレイぃ!?」
「持ってるって……取り上げたって話の? アスカ、まだ持ってたの!?」
「持ってない! 持ってないわよ、あんな写真!」
 不意に爆弾を投げ込んでくれたレイに、アスカは慌てた。
 言葉の意味を考えなければならない。
 彼女はいったい、自分の何を知っているのか。どんな写真を指して言ったのか。
 それらは全て、堅く秘密にしていた事である。知られている筈がないし、知られていて良いわけがない。
 けれども、レイのように腹芸の出来ない女が口にしたのなら、鎌を掛けられた可能性を考えるよりも素直に、単に本当に“知っている”と考えるべきか。
 ならば、知り得たのはどこから?
―― まさか、相田のやつが)
 と同時に、目を真ん丸にして驚くヒカリの顔を見て、先に誤魔化すべき内容を間違ったとはっとする。
 しまった、“あんな写真”じゃなくて、当たり障りのないピンナップじゃないとでも言って笑い飛ばすべきだった――
 気付いてしまえば、撮って“もらった”という表現もまた、問題だった。
 なにしろ、それではまるで、盗撮ではない写真を改めてアスカの方から撮影させたような言い方ではないか。
 いや、この場合はアスカがではなく、レイがなのだろうが。
「あの、あのね、ヒカリ。写真って言っても、ヒカリが考えてるようなのじゃなくて」
「そう、盗み撮りされていたものじゃないわ。あれは彼が無理な撮り方をした物だもの。綺麗な写真には出来なかったと言っていた」
「ちょ―― !?」
「え、ええっ!? じゃ、あの後に、アスカたちも……!?」
 止める間もあればこそ。
 この空気読まない女ってば、何言ってるの? ひょっとしてこいつも私と同じで?
 一時に様々の疑問と驚愕に直面し、混乱してしまったアスカは、いつになく饒舌なレイを止めることが出来なかった。
 或いは、この頬を上気させたレイとも同様に、アルコールによっていつもの冴えを失っていたからかもしれない。
 いずれにせよ、数年目の懐かしくも楽しい再会の場は、がらりと意味合いを変えることになったのだった。
 とんでもない、カミングアウトの舞台にと。




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From: 【エロ文投下用、思いつきネタスレ(4)