波打ち際の村

Original text:引き気味


『 Pilgrim Fathers 』


 薄暗く、常夜灯だけが残された畳敷きの狭い部屋には、男女の交わり合いによる独特の濃い匂いが充満していた。
「……うっ」
 若い、青年と呼ぶにもまだ早い少年の声がくぐもった呻きを洩らす。
 部屋の端には普段であれば使っていたらしい何組かの寝具が畳んでのけてある。その、この夜たった一組だけ使用されている敷布団の上で。ゆっくりと胸の二つの乳房の丘を上下させながら息を整える女を組み敷いていた少年は、若かった。
 歳の頃は14、15か。自分よりも立てば顔の高さは随分上なのだろう大人の女の、豊満な肢体を下にして。猛然と腰を振るっていた――その背中には、年齢の割に鍛え上げられたしなやかな筋肉が浮かび上がっている。
 体つき自体は細身であるのだから、筋肉それ自体を目当てに体を作ったという手合ではない。日々を過ごす中で当たり前のようにそう培われる、大地に根付いた暮らしをしている者の証だ。
「どう? ……まだ、大丈夫よね?」
 高ぶりきった欲望を解き放った直後相応に喉を喘がせていた顔は、目を固くつむって苦しげにも見えていたが、
「ええ、勿論ですよ。今晩こそ奥さんを先にイカせてみせますからね」
 先に落ち着いていたらしい女と顔を見合わせ照れ隠しのように笑ってみせた目元は、垂れ目がちなせいか妙にふてぶてしく、一端の女たらしのような面構えでもあるのだった。
「……もうっ」
 女が、普段は後ろで一括りにしている長い髪が顔にかかっていたのを払い、それを見上げる。
 窓から差し込む月明かりを受けて見て取れるのは、造作に目立つ華美なところは無いものの、気立ての良さが伝わってくる純朴そうな女の顔だった。
 それでも、こんな頼りない明かりの下でも、耳の先まで火照りきっているところすらはっきりと。夫のいる身でありながら一回り以上は歳の離れたこの少年と、どれだけ濃厚な時間を過ごしていたのかが窺える。
 交わり合う中でさらけ出していた痴態の程を示すように、豊かな胸肉の頂きには乳首がぽってりと膨らんでいた。
 濃い色をした、大人の女のいやらしい乳首だ。
 何ひとつ隠さない裸身のどこもかしこもが、若い牡の精を注ぎ込まれ、子宮の入り口で受け止めたばかりの満たされた女として艶かしく汗に濡れていたものの、
「こういう時に奥さんはやめてって言ってるでしょう?」
「でしたっけ?」
 同時に、妙に気恥ずかしげにもじもじと照れてみせる様には、人妻――それどころか赤ん坊を抱えた立派な母親だというのに、それに似つかわしくないほどの初々しさがあった。
 歳下の男に間近に観察されているのを避けるように、セックスの最中に跳ね除けられていた枕の方へとそっぽを向けてみせて。そんな横顔の頬にソバカスの跡がくっきりと残っているのが、こういった場面で余計に彼女を若々しく、女子学生風にすら見せている。
「……やっぱり、あのひとに悪いわって思っちゃうのよ。勿論、あなたを何か非難したいってわけじゃないのよ。あなただけじゃなくても――」
「分かってますよ」
 少年の腰に足を巻きつけるようにして行為をリードしていたついさっきまでは、甘ったるく淫らがましく。年齢の違いこそあれ一対一の男と女として、少年を相手に情欲剥き出しにした眼差し、囁きを、喘ぎと嬌声を熱っぽく交わすばかりであったのに。
 不意に、自分を誤魔化す夢見心地の官能から目を覚まそうとするかのように、彼女は汗ばんだ顔付きを翳らせたのだった。
「それは……言わないお約束だよ、おっかさん。でしたっけ?」
 少年がおどけてみせたのは気遣いだ。
 だから彼女も努めて気持ちを切り替え、自分からその歳下の少年に口付けをねだったのだった。
「ンッ……。もう、こういう時にお母さんだなんて呼ぶのも禁止よ」
「ツバメちゃんに悪いですもんねー」
「あんっ、もう。言ってるでしょう? 敏感なのよ、今そこぉ」
 彼女の、鈴原ヒカリの産んだばかりの赤ん坊のことを敢えてこんな場面で持ち出して。おどけてその授乳期らしく膨らんだ乳首をもて遊び、肥大化している乳輪ごと吸い付いてやり、加持リョウジという少年は笑ってみせたのだった。
「良いわ。大人の女の扱い方、きちんと勉強出来てるかテストしてあげる――」
 だから彼女はそうやって、加持リョウジ少年が回復のペースも著しくもう怒張へと蘇らせたペニスを握りしめて伸し掛かってくるのを、再び両足を開いて受け入れたのである。
 本来であれば夫トウジのものである筈の人妻たる躯に、出産直後という時期が都合が良いからと幾度も幾度も別の若い牡の精液を直接流し込まれる、この場面に、ひょっとすると当のトウジ自身が聞き耳を立てているかもしれないと思いながら。


◆ ◆ ◆


「……親父さんは?」
「ああ、いつもの通りさ。年寄り同士の寄り合いってことにして、気持ち良く酔っ払ってもらってるよ」
 カラカラと診療所の戸を開けて入ってきた少年の頃からの友人に『そっか……』と返して、トウジは湯呑の中身を一気に煽った。
「ケンスケ、お前も飲むか? ……いや、式波のやつが来とるんだったか」
「いや、構わないさ。確かにアルコールの匂いは嫌がるんだけどね。別に文句は言わないよ。あいつだってちゃんと分かってくれる」
「そっか、そうやったな。見かけはあんなままでも、あいつも色々乗り越えて……一端の大人っちゅうヤツやもんな」
 ケンスケはトウジが湯呑を前に置いた診察用の椅子に腰を下ろすことなく、受け取ったまま窓際の方へと寄っていった。
 そこに立ったまま付き合おうというつもりらしかった。
「……すまないな」
 やはり言わずにはいられなかったその謝罪を、面と向かってでは無理だったのかもしれない。
「人がわざわざ口にせんでおるところを、承知の上で言ってきよるからタチ悪いわ」
 お前じゃなければ殴り飛ばしていたところだ、と少しばかり呂律のおかしくなった口で言う顔は、もう湯呑一杯分を開けてしまった後らしく、すっかり赤く酒精に染まってしまっている。
 しかし、うまい酒ではないのだろう。
 酒そのものは舐めるようにしたケンスケが軽く眉を動かしてみせたぐらいには上等の、おそらくは14年前のちゃんとしたものであったようなのだが。
「ここで殴られてやるのも俺の役目かなってさ」
「やらんわい。どうせ、その後で手当してやらにゃならんのもワシの仕事やないか。勤務時間終わっとるんやからな。余計な仕事増やすんやないぞ」
 肩を竦め、吐き捨てるように。
 14年前の同級生だった女を妻にして、二人の間の子供を授かったばかりの夫が口にせねばならないのだった。
「――ワシらの第三村なんぞ、どこまで行っても吹けば飛ぶようなもんでしかないんや。ヴィレの、言うなればあの大佐さんの好意っちゅうもん一つに、村全員の命が掛かっとる。ワシらの子供もそうや」
「ああ……、その通りさ」
「ヴィレも組織や。組織にとっては、別に他の村でもええっちゅう替えの効く一つでしかあらへん」
 それじゃいかんのだと、絞り出すように言うのである。
 それは二人ともが同じ思いの、そして一組の夫婦の気持ち程度では歯牙にもかからない重さの結論だった。
「なにがあろうと、どんなことになっても、葛城大佐が俺たちの村を見捨てられない理由ってやつが、必要なのさ」
 なんだってやる。どんな手だって打つ。
 それがたとえ、お天道様に顔向けの出来ないような真似であっても。
 だからだ、と。
 街灯なんてありはしない真っ暗闇が外に広がる窓に、額を押し付けるようにして。相田ケンスケも暗く呟くのだった。
「大佐はあくまで会わないままでいるつもりらしいけどね。でも、絶対なんてものはないだろ。この世に絶対なんてあるもんか」
「最後のところは情を捨てられんお人やっちゅう、そういうおなごやっちゅうお前らの目利きに賭けとるんや。ワシらは」
 可能性があるのなら、もしもその時が来たのなら、チャンスを最大限自分たちの利益に繋げてみせる。
 だから今、仕込みをしておくべきなのだと。
 かつて同じ中学の教室で机を並べるクラスメイトだった男たちはそうやって、夜闇を見透かすような目をして酒精を喉に流し込むのだった。





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