adding insult to injury

Original text:引き気味


『 アクセル一のラッキースケベ男 』


 佐藤カズマのパーティーメンバーであったクルセイダー職のダクネスが、実家の都合で街の領主のもとに嫁入りしていって暫く。
 珍しく皆が出払ってしまい、静まり返っていた屋敷で。カズマは一人、暖炉の前で項垂れていた。

 そもそもが。黙っていれば、目元は涼やか、長い金髪も輝かんばかりに艷やかなクール系美女。
 日本ほど平穏に暮らせるわけでもないこの世界では結婚適齢期は早く、ああも見目が良ければそういう話が出ていない方がおかしかったのだ。
 日頃の言動の端々から、あれは実のところ結構な家柄のお嬢様だろうと見られていた娘でもあったが。まさに領主様とも釣り合う身分だったというわけである。
 政略結婚ともなれば、本人の望む望まないは二の次。その上で、本名をララティーナといった当人自身が、元から行き過ぎた妄想癖と被虐願望で度々トラブルを引き起こしていたような変態趣味の持ち主だ。
 領主の好色ぶりを知っていたカズマとしては、「割れ鍋に綴じ蓋」という事態が頭に浮かんでしまったのもまた事実。
 その現実的な可能性なんてことについては決して考えたりはしないようにと、具体的な想像などすまいと努めていたことではあったのだが。

「畜生、いい趣味してやがるってのは分かってたんだよ……」
 届けられたその時から嫌な予感しかしていなかったので、領主からダクネスとの連名で送られてきた荷物についてはそのまますぐに焼いてしまうつもりでいたのだ。
 そう決めていた筈なのに。どうしてその小さめの箱ごとではなく、中身を出して焼こうなどと考えてしまったのか。
 見ればすぐにそれが誰の何かは察しが付く――金色をした縮れ毛が、指のひと摘みでは余るぐらいの量。ご丁寧に上等なリボンで括って入れてあった、その上に。
「…………。もうハメ撮りまでさせられてんのかよ、ダクネスのやつ。この国の貴族共、進みすぎだろ」
 そちらが本命なのだろう。これもこの国では安くない金を払いでもしないと借りることすらできない魔導カメラを使った写真たち。
 案の定そこに映っていたのは、パーティーの仲間であり、屋敷の同居人も同然だったあの美しい女クルセイダーの、あられもない全裸姿だった。
 嫁入りして一月も経たないのに、すっかりもう新しい夫との夜の生活に馴染んでしまったらしい。
 幼女のようにつるつるに剃り上げられてしまった股間を、しゃがみこんでガニ股に足を開くポーズで見せびらかしながら。だらしなく表情を蕩かせてしまったあのダクネス。
 傍らへと首を捻り、領主のでっぷりとした太鼓腹に顔を埋める勢いで身を乗り出し。これが新妻の喜びとばかり、ドス黒いペニスをあむあむと嬉しそうに頬張っている姿。
 凛としていれば申し分なく勇ましい女騎士として――ハンサムにすら決まっていたあの横顔が、なんともふしだらな真似を覚えてしまったものだ。
 頬をいびつに膨れさせ、内側で男の膨張させた性器をどう味わされているのかが丸わかりの写真である。
 懸命な奉仕に、それで頭を撫でて貰えるどころか。冒険者暮らしの中でも大事にしていた髪を乱暴に引っ張られ、顔射を浴びせられた無残な表情をカメラに向けさせられる。性奴隷じみた扱われ方でもあった。
 それがどうしようもなくツボに嵌ってしまったのだろう。
 嬲られるほどに喜悦を覚えるという、将来が危ぶまれたあの性癖。まさにそれを的確に叶えてくれる相手だったということだ。使用人として雇い入れた若い娘たちへの扱いで悪評が絶えなかった悪徳貴族の夫が逆にぴったりで、とんとん拍子に馴染んでしまったというわけだろう。
 そして夫である豚さながらの肥満体型男と交わっている彼女の見せる、カズマがニート時代のエロゲー経験でしか知らない様々な体位。
 愛液をたっぷりと分泌させた性器で。時には、既にアナル開発を施されているらしい後ろの窄まりで。見間違えなどありえないほどはっきり、人妻になった彼女は夫の肉棒をずっぽり咥え込んで、精液を注ぎ込まれ続けていた。
 もはやこの屋敷での生活など頭の片隅にも残っていなさそうな幸福な顔の、ぐずぐずに理性が溶け切っている有様。
 どんな素っ頓狂な声を上げてしまって歓喜しているのか。記憶の中の声が蘇ってしまうような口を大きく叫ばせた貌で、真っ赤に腫れ上がった尻たぶを、夫の鞭打ちで責め立てられてもいた――。

「はぁぁ……」
 何度となく良い雰囲気になったことのある相手だ。
 ニート上がりで、いまだにどこか日本での高校生感覚を引きずっている。そんな少年にとっては、恋人になるだのセックスをするだの、まして結婚するだのはどうしてもリアリティをもって考えられないことではあったものの。
 だが、もう彼女は自分の手が届かないところへ行ってしまったのだ。
「なるべく早く、忘れないとな……」
 肩を落とし、ふらふらと覚束ない手付きで写真を暖炉に放っていったカズマは、それらが灰に変わっていくところをしんみりと眺めていたのだった。

 「――いや、おかしいだろう!」
 なんでこんな、フラレ男の失恋ショックみたいな気分にならなければいけないのか。
 カズマは乱暴にバケツの水を掛けて暖炉の始末をすると、小銭の詰まった革袋を内ポケットに確かめて上着を羽織り、屋敷を飛び出していった。
 落ち込みきった自分を自覚した途端のそれが、負け犬じみた今の状況と向き合い続けることに怯えた少年の、咄嗟の反応だった。


◆ ◆ ◆


「ダストかキースのどっちかなら、今の時間でもギルドで飲んだくれてるだろ」
 もしくは、クエストに誘ってもらえるのをぼっちで待っている紅魔族の女の子をからかっているか。
(ああ、でも今はなぁ……)
 なんとなくカズマは今、顔馴染みでもあるその少女とは顔を合わせたくないなと考えた。
 なんとなくだが、今は女の子と話をするのが億劫なというか。男同士でくだらない馬鹿騒ぎをしていたかったのだ。
 だからだった。
 通い慣れたギルドの入り口へ、いつものようにさっさと入っていくのではなく。なんとなく――潜伏スキルで気配を殺して。まずそっと窓に顔を寄せてから、目当ての飲んだくれ友達が中に居るか、居合わせればとりあえず軽口ぐらいは叩いて挨拶する女冒険者だのがいないか、様子を確かめようとしたのだった。

 佐藤カズマは、冒険者向きの素質はなにひとつ持っていないが、ただ一つ、幸運の値だけは馬鹿高い。
 それをラッキーと言って良いものだったかどうかは、この時どうにも言い切り辛くあったのだが。
「どれどれ……。――って!?」
 (おい! おいおいおい、おいーっ!?)と、声に出さない大声で。窓枠に齧りついたカズマは絶叫せずにはいられなかったのだった。

 たしかに中に、避けたいと思っていた女の子は居た。
 いつもギルドの片隅で、クエストに挑むメンバーを募る冒険者たちの騒ぎをじっと見詰めている――人目を避けながらもそれに便利な席を、定位置にしている――アークウィザードのゆんゆん。それどころか、この街で二人だけの紅魔族のもう一人、アークウィザードのめぐみんもだ。
 二人して紅魔族の里から出てきた彼女たちは、同じ魔法使い上級職にあるライバル同士で、なんだかんだで仲が良い友人同士。
 胸元の発育具合に極端な差はあったが、容姿は甲乙付け難い文句無しの美少女たちでもあった。
 そしてめぐみんの方は、カズマのパーティーメンバーで、同居人だ。
 朝から姿を見かけないのを、嫌な荷物が届いた時に面倒が起きず済んで良かったというぐらいに思っていたのに。

(あいつ……っ。いや、なんであいつら、そんなことしてんだよ!)
 戦闘色である紅い色に目を光らせている時でもなければ、ほんと顔は綺麗なんだよなと思ってこっそり眺めていたりする。その小柄な女の子。カズマのパーティー仲間のめぐみんは、三人分が埋まったテーブルに顔中を真っ赤に火照らせて腰掛けていた。
 間に一人を挟んで、同じ丸テーブルにゆんゆんも。
 二人して妙にもじもじと、人目を忍ぶかのように体を小さくしている。
 普段なら肩から背に流しているマントですっぽり釣り鐘風に体を覆い。そこだけちょこんと出した手で、用心深く胸元の合わせ目を押さえて。
 ぎょっとしたのは、めぐみんの真横からになるカズマの窓の位置だと、椅子に腰掛ける太腿から先がマントで覆えておらず、それが生肌も露わな素足だったのが見えていたからだ。
 いつもなら黒いタイツと厨二病じみた包帯のぐるぐる巻きでもって、太腿も付け根近くまでガードしているというのに。
 足元に、ブーツこそは履いている。しかしタイツをなんで脱いでしまっているのか。それどころかひょっとしてそれは、スカートを履いてないんじゃないのか。
 めぐみんが身じろぎする度、生白い肌の危ういところまでが見えそうになる下半身の状態は、下手をすると下着すら身に付けていない。
 (まさか)と、最初こそは目を擦って疑ったものの。あれはどう見ても、マントの下は全裸だ。
 そして二人の間に座っているダスト。カズマの悪友、飲み仲間でもある不良冒険者の男である。
 やけに椅子の距離が近い。
 丸いテーブルに椅子が四つ。等間隔で座れば良いものを。めぐみんとゆんゆんと、ほとんど肩をぶつけるかというぐらいの近さ。
 そして馴れ馴れしく、左右の女の子たちの肩に手を回しているのだ。
(なんでだよ……!)
 カズマが見る限り、それは両手に花で女の子を侍らせた、二股ハーレム野郎の姿だった。
 そして、ダストの手が女の子たちの肩から動いて、図々しくもマントの胸元に差し込まれると、『あっ』とでも洩らしたかの顔でびくんとして。なのに満更でもないように、させるがままにしているのだ。
 ダストの手は明らかにマントの下で二人の胸をまさぐっていた。いや、揉みしだいていた。
 どうしてそんなことをさせてしまっているのか。ダストなんかが胸を触るのを許してしまっているのは、どういうつもりなのか。すぐにでも飛び込んで聞き出したい答えは、しかし。既にカズマのよく知っている二人の女の子の、その表情に出ているのだ。
 めぐみんやゆんゆんは恥ずかしそうに小さく悶えながらも、一方でちらちらと周りを気にしているのに。ダストはお構いなしにずっと二人の乳房をまさぐり続けている。
 マントの襟元がそれで解けそうになるごとに、二人の美少女それぞれの豊満な、ささやかな、胸の膨らみが。普段人目に触れさせないミルク色をしたやわらかな曲線美を、隙間からちらりちらりと垣間見せる。
 悪戯っ気たっぷりに大きくダストが手を動かして見せた時などはだ。少年じみたスタイルをしているめぐみんでも、それでもやはり女の子のものでしかない胸の形が、ばさっと翻った黒マントの中に殆ど丸出しで。薄い丘陵のピンクをした頂きまで見てとることが出来てしまった。
 だのに、あの短気なめぐみんが爆発しないでいるのである。
 スケベなにやけ面でダストが何事か耳元に吹き込んでいるのに、困り顔をしてみせつつも。恥ずかしそうな笑顔をいじらしく取り繕い続けていて、けっして怒り出したりしないでいる。
 ダストの手がいよいよ少女たちの下腹部へと向かっていくと、二人とも伏し目がちになって身を強張らせ、熱い吐息を跡切れ跡切れの様子に唇をわななかせていて。
 きっと女の子にとって一番大切な、一番敏感な場所をいじくられているのにも。めぐみんはダストを突き飛ばすでもなく、逆にそっとその身を擦り寄せていって、秘処を悪戯されるその刺激を静かに受け止めていたのだった。
 次第に、俯いて堪えるのも限界そうに。なにを少女に囁いたのか、軽薄なニヤニヤ笑いの度を増していくダストと対称的に、眉根をくなくなと捩らせる差し迫った貌を振り向かせては、恨めしそうにしてみせたり。はっと口元を押さえたりするのだ。
 あれがつまり、絶頂しそうになっているというやつなのか。めぐみん、お前マジかよ、と。喉がカラカラに干上がってしまう。
 胸元でぎゅっと手を握りしめている、そんな切なそうな顔。カズマは見たことが無かった。
 負けん気が強いところだったり、とんちきな台詞を厨二病全開で口走っていたり、冒険に目を輝かせていたり。時々、どきっとさせられる優しげな笑顔を見せてくれたり。
 これが人生だと言い切ってしまう大魔法をぶっ放して、満足そうに目をつむって倒れ伏していたり。
 それら、記憶の中のどの顔よりも。
 痴女も同然にマント一枚の下で素肌を晒しているロリータボディのあちこちをまさぐるダストに、指先ひとつで手もなく顎先をひくんひくん跳ねさせているその女の子の、弱々しげなところが。
 どんなAV女優とも比べものにならないくらい胸をドキリとさせてくる、めぐみんの癖に色っぽくて、悩ましげな横顔が。
 薄目開きの潤んだ瞳を、自分以外の男に注いでいたことが。
 カズマにはショックだったのだった。

 畜生。なんだよこれ――。
 マントの下から引き抜かれたダストの指先がぬらぬらと、少女たちの愛液と思しきてらつきにまみれていたの目にして。少年はもう限界だとばかりに窓から離れ、物陰に蹲った。
 そうしていて、どれくらいか。

「――ほんとにもう、頭おかしいですよ。何が面白いことさせてやる、ですか!」
 ぎゃあぎゃあと言い立てるめぐみんの声が、ギルドの入り口の方から聞こえた。
「おぅおぅ、随分な口きいてくれるじゃねぇの。俺様がいつも至れり尽くせりのフルコースで嬢ちゃん方のおもてなしに、汗かいてるっていうのによ? 自分はでんと寝転がってあひあひ言ってるだけのマグロの癖に、ワンパターンだとか舐めたこと言い出すからさぁ」
「だっ、誰がマグロですか! そもそもが、いつもあなたが私達に無茶なことばかりしてくるからっ。こっちは毎回毎回、いっぱいいっぱいですよ! 余裕なんてありませんよ!」
「めっ、めぐみん。声が……! その、わたし達まだマント以外は裸のままなんだよ? あんまり大声あげたら、みんな何事かって。――わたし、わたしもう、恥ずかしくって……限界……」
「ほら見なさい! いつもの通りじゃないですか! あなたという人は、ほんとこっちを何だと思ってるんですか。いかがわしいお店のプロの人たちと一緒にしてるんですか!? 全然違うんですからね! もっとこう、私達みたいな女の子にはやさしく――」
「へっ。真っ昼間のギルドの真ん中で、指マンされて逝きション垂らすとか。そらたしかに商売女なんかとは一味違うよな」
「あっ、ぁ、ぁ、あ――あなたって人は……!」
「真ん中じゃないからっ。隅っこ、隅っこだったもん。バレてない。バレてないよね? ねぇ、めぐみんっ〜!?」
 ぐすと鼻を啜りだしたらしいゆんゆんに、恥ずかしさを誤魔化す時の逆ギレモードになっているめぐみん。
そして、いやに余裕風を吹かせた態度のダストの声が続いて。
 三人の騒いでいる気配がゆっくりと遠ざかっていく。
 彼らがどこに向かうつもりでいるのか、カズマにはもうそれを追いかけようという考えすら浮かぶことは無くなっていた。

 太陽はまだまだ高い。
 ギルド前、天下の往来で堂々と。左右に従えた美少女たちのマントですっぽり隠したお尻を撫で回しながら、宿屋街の方へと歩き去っていくダストらの声が完全に喧騒に消えてしまうまで、カズマはそこで蹲っていたのだった。





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