「アスカ、満たされぬ愛」 #1
 LHS廚 (あくまでイメージ)ばーじょん。


午後九時半。

アタシ達は、最近流行の『R指定的映画』をシンジ達と見ている。
使徒と戦っていた頃には明らかに『AV』と呼ばれているくらいの過激なヤツだ。

本来なら違法なはずの映像がこうもあっさりとテレビから流れるようになったのは事情がある。

サードインパクトは人々に『生』を再認識させるに十分な出来事だった。

生き残った(あの赤い海から帰ってきた)人々はとにもかくにも生きている、という事をまず実感したいらしい。


それには本能が一番手っ取り早い訳だが

食欲は生き残った日本人2900万人の生活を考えれば、いまだ配給にせざるを得ないため、
たくさん食べたくても大量の食料を手に入れられない。



睡眠は簡単に出来る。  ただし、ある意味とことん『退屈』だ。


という訳で、残りの本能『性欲』にあっさりと白羽の矢が立ち、
世に言うところの『児童ポルノ』のような明らかに異常と思えるものや、
『強姦』等の『他人の生』を無視した犯罪に対する罰則を一気に強化する代償として、
『正常なポルノ』はある程度容認されてしまっている。


特に、不倫だろうが略奪的関係だろうが『愛のある関係』なら構わない、
と言うテレビ番組や映画がヒットするようになり、三年たった今でも依然として通称『R指定的番組』とか『R指定的映画』等が大人達の心を捉えている・・・と言う訳だ。

そして、ここにも『それ』に囚われたのが二人いる。

アタシを裏切ったといえる二人が。




◆ ◆ ◆



『や、やだ・・こんなところで?』

『嫌なら拒めばいいじゃないか・・・・』

テレビのスピーカーから流れるのは嬌声になりつつある『女』の声。
演技だと判っていても、最近ご無沙汰らしいこの二人は顔を真っ赤にしながらも、それでも知らず知らずに引き込まれている。

このアタシの前であるにもかかわらず、だ。

((やっぱり溜まってるよなぁ。))

そんな声が聞こえると思えるくらい、テレビの前でもじもじとしている二人にアタシは「ねぇ」と声を掛けて見る。


「「はいっ!?」」

大声を出して振り返るシンジとヒカリ。
次の瞬間にはっと気付いて顔を見合わせる。

明らかに『気付かれたかな?』と取れる顔。やっぱりこの二人は嘘が下手だ。

何気ない顔で、「先にお風呂入るね」と一声かけて風呂場に向かうアタシ。
風呂場の扉を閉めた瞬間に聞こえる二人のため息。
勘のいいのは時として残酷だ。これだけで判ってしまう。

「マヤが言ったのは本当のコトだったんだ・・・」

いつの間にかアタシは血が滲みそうになるくらいに手を握り締めていた。




◆ ◆ ◆



「風呂は命の洗濯・・・かぁ」

目を閉じてつぶやくアスカ。
彼女が湯船に入るようになったのは日本に来てから。

シンジから聞いたミサトの一言に、「物は試し」と湯船に浸かり、のんびりとした気分と
お湯に体が浮かぶ感覚が妙に気に入ったのだ。


ふと小さい水音が風呂場に響く。


目を開けた彼女の前で天井から雫が落ち、小さな波紋が出来ていた。

それを見ていたアスカの胸に、病室でマヤに聞いたシンジの裏切りに対する怒り、悲しみ・・・が
目の前の波紋のように広がっていく。

何でシンジはアタシを待ってくれなかったんだろう。
何でヒカリはシンジを選んだの?鈴原を何故捕まえておかなかったの?

それとも・・アタシが・・・悪かったの?
シンジが想ってくれてた時、アイツの想いに気付かなかったから?
シンジを3年もほっといて眠り続けたから?
ヒカリの心変わりに気付かなかったから?


アタシは・・・・・また・・・ううん、今度こそ独りぼっちになっちゃうの?

《シンジを失うことに対する恐怖》
それが日ごとにアタシの心の中に闇として広がっていた。

そんなの・・・嫌ぁ・・・。
誰か・・・たすけてぇ・・・。



◆ ◆ ◆

 


退院する少し前、アタシは見舞いに来たマヤに二人の裏切りを教えられた。

「二人から聞いていたと思ってたのよ・・・」

百合の花を生けた花瓶を震える手で恐る恐る置くマヤ。
よく見ると僅かに笑いの形に歪んでおり、何故かこの事を話したくて仕方が無い、
と言うようにアスカには見える。

以前リツコにマヤの印象を尋ねた時、
「一つ彼女には悪い癖があってね。悪戯なんかを考えてる時微かに笑うんだけど、
 その笑顔って・・・・かなり怖いのよ、はっきり言って」
と言われたのを彼女は覚えていた。

何か裏がある。そう思いつつも、『今は情報を得る為』と内心よりは驚いたフリをする。

「8ヶ月前かしら・・・5日ほどアスカの脳波がひどく弱くなった頃があってね・・・。
『アスカにもう会えないんだ』とシンジ君が荒れて急性アルコール中毒になった事があるの。
その時洞木さんが寝ないで三日間看病をして・・・それからなの。」



『二人の印象が変わり始めたのは・・・』



この後の彼女の発言をまとめると、
「以前から二人には何かしらの接点があったが、三日間の看病以降、恋人同士といえるほどに。
 明らかにお互いを思いやる印象が強くなっていく。

 手をつなぐ事から始まって、5ヶ月前からは人目を忍んでキスをするようになり、
 3ヶ月前からは隠す事もしなくなった。」らしい。


「それに・・・ここのスタッフに聞いた話なんだけど・・」と続けるマヤ。

 怪訝そうに見つめるアスカに止めとも言える一言を漏らす彼女。



『シンジ君が退院した後、ベッドのシーツに・・その・・血がついていたらしいの・・』



これには・・・演技抜きにアスカも驚いていた。

自分の想いを打ち砕く、これほど決定的な証拠は無かった。
でも・・・アスカはまだ二人を、シンジを信じていたかった。

アスカはただシンジに会いたくて、この世界に帰ってきたのだから。



◆ ◆ ◆



「シンジ君・・・欲しい?ヒカリちゃんから取り返したい?」

翌日の定期診察の時、マヤがアタシにしたこの質問は、麻薬のような誘惑をアタシに与えていた。

「出来るっていうの?マヤには?」
「体から始まる恋愛、ていうのをアスカが受け入れられればね」
「『体から』って・・・!?」
「そういう意味、よ。仮にシンジ君がヒカリちゃんをかたくなに選び続けたとしても、彼が貴女から離れられなくすればいいのよ。簡単でしょ?」

軽く考えて・・・一気に真っ赤になるアスカ。
内容が難しかったのではない。答えが納得できなかったのだ。

「ちょっと待って!それじゃヒカリもアタシの物にしろって事ぉ!?」
「ま、そういう意味ね」
「だって、それって・・・」

「最近、本部内でもシテるのよ、あの二人・・・ほら」
『妖しい笑み』でさらりと言うマヤ。
同時に彼女の手にあるリモコンのスイッチが入り、シンジ達の声がスピーカーから流れ始める。

かすかな衣擦れの音に混じる嗚咽。

『怖いよぉ、シンジィ・・・あれだけ、あれだけ望んだ事なのに・・・』
『・・・・・・・・ヒカリ・・約束、覚えてる?』

『信じて・・・ヒカリの側にいるって・・誓ったんだから・・・』

革靴がたたらを踏む独特な音と大きな衣擦れの音が響く。
アタシには、シンジがヒカリを抱きしめたんだ、となんとなく判った。

『信じさせて・・・・・シンジの勇気、私にも分けて・・・ここで・・今すぐ抱いて・・・愛して』

少し違う衣擦れの音。ヒカリも抱きしめたんだ、アタシのシンジを。

『私・・もう濡れてるの・・・なんて・・』
『いやらしい、なんて思わないよ。僕を求めてるからだ、って判ってるから』
『シンッ』

キスをしているらしい水音に混じって、アタシの耳にさらにかすかな別の水音が響く。

「あら、もう彼女に挿入しちゃったんだ、シンジ君」
「・・・・・・・・・!?」

アタシにはショックだった。
シンジとヒカリが肉体関係を持っていること。
それも、服を脱がさない上に立ったままで相手を抱けるかなり慣れた関係・・・。
なにより・・・・・・。
ヒカリの声・・・・とても・・・・気持ち良さそうで・・・・・・・・幸せそう・・・・・・・・・・・・。

『ひぁ!・・もっ・・激しくして!今だけは忘れさせ・・・ふぁぁっ!』
『嫌だよ』
『・・・どうしてぇ』

そうよ。一時の安らぎをヒカリは求めてるのよ。答えてあげなさいよ、シンジ。

『僕だって欲しい、『一緒に謝る勇気』が。 それをくれるのはヒカリだけなんだよ?』

これがアタシに刺されたシンジの『止め』だった。



◆ ◆ ◆



何かを舐めるような音。
少しずつ大きくなるシンジ達の交わる音。

『ちょっと、ゴメンね』
『え・・ひぐうっ!?』

靴音が一つ響く。

「へぇ、シンジ君、『駅弁』出来るんだ?」
「な、何・・・それ」
「繋がったまま、ヒカリちゃんを抱えてシンジ君が歩く事」
「もう・・・いやぁ」

『いつ・・うくぅ!?深くて・・ひっ!』

『もっと・・ヒカリが・・欲しい』
『初めての時、んっ・・・言ったの・・・覚えてる?
 「貴方の自由にして、ヒカリを手に入れて!」って・・くぅ・・・
 もう私は貴方の物。・・・貴方だけの・・・はぁ・・・・ものなのっ』
『ヒカリッ!』

靴が何かにあたっている音が響いていた。
それが唐突に止む。
けど、かすかな水音は止まらない。

「ヒカリちゃん、彼に両手両足を絡めてしがみ付いてるのね・・・幸せそう」

はぁはぁ、という二人の息遣い。
速くなる交わりの音。
アタシが求めた場所。
でも・・・ソコに居るのはアタシじゃない。

「や・・・めて・・・」

ヒタヒタ、という音が響きだす。

「もう、クライマックスなのね・・・・イキそうなのね・・・」


『ごめんヒカリ、僕もう』
『最後の、ぬくもり・・頂戴っ!』

「もうやめてぇぇぇぇぇ!!」



◆ ◆ ◆



痛いくらいに静かな診察室に響くアタシの嗚咽。

「はい」

マヤがアタシにハンカチを渡してくれる。

「どうするの、アスカ。また・・・一人になるの?」

ぱちん。

そんな音がアタシの中に響いて、心の中で何かが壊れ、それが別なものになった。

「・・・どうすればいいの?マヤ」

「明日、ここにいらっしゃい。『訓練』してあげる。でも、少しでも後悔するかも知れないと思うのなら、来ないほうが良いわ。それが貴女の為よ」

そういって、本部内の「放棄地区」のアドレスがかかれた紙をマヤはアタシにくれた。



◆ ◆ ◆



翌日、午後一時。
アタシの前にあるドアの側にはメモが貼ってある。

『人生観変わるわよ・・・本当に後悔しない?』

「アタシは欲しい・・・シンジが。ヒカリごとでも手に入れてやるのよっ!」

アタシは・・・ドアをくぐった。



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