INNOCENT TABOO Short Shorts / アスカ、恋愛遊戯

Original text:引き気味


「おじさまー!」
 少し離れた、高い場所から掛けられた声だった。
 自宅マンションであるコンフォート17の敷地前に付けた車から降り立ったところだったゲンドウは、声を辿って顔を持ち上げた。
 片側二車線の道路と、そこから数メートルの高低差があるマンションの敷地。そこを繋ぐ正面階段の上に、彼女の姿があった。
 ゲンドウの一家とは家族で付き合いのある近所の惣流家の一人娘、アスカだ。
 こちらに向かって手を振っている。
 彼女は今、学校から帰宅してきたところだったらしい。
 見上げるゲンドウの眼差しの先には、夏服のスカートから伸びた健康的な太腿が夕方の陽ざしに映えていた。
 中学二年生の少女である。ゲンドウぐらいからすると、いかにも若さの有り余っている年頃だ。なめらかな素肌をむき出しにした太腿は眩しいぐらいに白く、そのきめ細かな手触りをゲンドウに想像させた。
「今からお出かけですかー?」
「うむ」
 距離の離れた相手に聞こえるのかが疑わしい生返事を返しつつ、ゲンドウはサングラス越しの目線を少女のカモシカのようにすらりとした両腿から離さずにいた。
 そこを昔の火傷の跡が残る彼の手のひらで撫ぜ回してやると、背筋をぞくぞくとさせているのが分かる声で『あぁ……』と悶えるのが、ベッドの中での彼女というものだった。
 西洋人形を思わせる金髪碧眼があらわす通り、この少女にはドイツの血が四分の一流れている。その血筋が色濃く出た容姿はまさしく美少女と呼べるものだ。
 加えて長い付き合いの知人の娘でもあって、小学校に上る前の、そこらを好きに歩かせているだけでも危なっかしかったぐらいの小さな頃からを知っている。
 そんな彼女に手を付け、五十歳を前にしたゲンドウの感覚ではまだまだほんの小娘にもなり切れていないような幼い少女に、女の声を上げさせるというのは、彼のような捻くれた趣味をした男にとっても心から愉しいと言えるものだった。
 息子は、少女とはずっと兄妹もどきじみたボーイフレンド☓ガールフレンド未満の関係を続けてきている。そこを踏まえ、隠れて『それ』を行うというのが、また良い。
 堪えられぬ、とすら言える。
 ごく自然に、少女と相対するゲンドウの口元は笑みの形に緩んでいた。
 髭の濃い、悪党面の男である。ただ普通に笑ってみせても滅多に素直に受け取らってはもらえず、女子供であれば逆に怯えさせてしまいかねない程。
 しかしそこはご近所付き合いの長さなのか、ごく最近からであっても男と女の間柄を結んだ仲だからなのか、アスカにはきちんと笑みは笑みとして通じたようだった。
 そして、その意味も。
「あ……」
 はっと気付いたように顔を赤らめ、黙りこくる。
 傍目に見れば、堅気とは思えない強面の大男と階段の上下で見つめ合う可憐な美少女という、通報モノの光景がそこにあった。
「……その、今日も夜まで暑いそうですし、気をつけてくださいね……って、いやだ私、夜までってまるで――
 あたりに吹く風は真昼の酷暑の名残を留めた生ぬるいもので、とても一服の涼には物足りない。
 それでも、時折はマンションの棟と棟の間を強く通り過ぎて行く一そよぎがあって、はにかむように立つアスカの金髪や、スカートの裾を揺らめかせていた。
 ゲンドウの位置からなら、丁度その太腿の付け根がスカートの奥に覗き込めてしまいそうな具合に。
 いや、実際に今しも――


◆ ◆ ◆


「隅に置けませんね、所長も」
 車を走らせるゲンドウに、助手席からにやけた顔を向ける男がいた。
「あの子、どう見ても分かってて所長に見せつけてたじゃありませんか。……いやぁ、見せつけられてたのはこっちの方でしたか。いやはや、お熱い、お熱い」
「……君は、そんな軽口を叩くために私にハンドルを握らせているのかね?」
「いえいえいえ、滅相もない」
 とんでもない、と顔の前で手を振ってみせる。
 だが恐れ入ってみせるのもポーズだけであるらしく、いかにも興味津々だという目付きでちらちらとゲンドウの横顔を窺っている。
 ゲンドウとアスカの関係を確信しているのは間違いない。
 先程までの上機嫌さも掻き消えた様子で、ゲンドウは『ふん』と鼻を鳴らすしかなかった。

 ―― アスカは、最近手に入れた、この父親ぐらいの歳の男との関係に浮かれているのだろう。
 マザコン気味だったのは元からだが、加えて、片親だけで育てられて父親不在だった反動によるものと思われるファザコン気質までが表面化してきている。
 ゲンドウと居る時、特にそこに他に誰も居合わせていない時などは、その傾向が顕著であるように思われた。
 でなければだ。
 車内にゲンドウの他に誰かが乗っている可能性などは考えもしなかった。他の誰かが居合わせる、通り掛かる危険性をまともに考慮もできていなかった。そんな迂闊さで、昼間からゲンドウを誘う真似はしなかっただろう。
 あの時、アスカは確かに自覚していながらゲンドウの視線にスカートの奥を晒し続けていた。
 階段の下から見上げるゲンドウには、少し風に吹かれただけで太腿の付け根がはっきりと、白い下着の生地を食い込ませている部分まで見えてしまっているに違いないと、そう承知して。足を閉じることもせずに。
 夜になったらという仄めかしめいたことすら口にして、期待に頬を染め上げながら。
 その時少女は―― ひょっとして濡らしていたのかもしれなかった。自分から見せつけている下着の股布を、男との交わりを思い浮かべて発情しながら。
 きっとまた夜になれば、抱いて貰えるのではと期待しながら。

 ゲンドウにとってがそうであるように、アスカにとってもこの関係は愉悦なのだろう。
 父親ほども歳が離れた相手。かねてからの恋心がもし叶ったのなら、実際に父と呼ぶことになる筈の相手。もう一人の母親とも慕ってきた女性の、夫。
 二重、三重の禁忌にあたる相手との肉体関係に、むしろ少女の方が積極的なのだ。
 たしかにアスカは恐れている。拭いきれぬ罪悪感に悩み、涙しもする。
 けれど、少なくとも今はまだ当分、周囲の誰もに隠したままゲンドウの若すぎる愛人に収まった形になっている『今』を、手放すつもりはないのだ。
 そうであるなら、
(……まぁ、いい)
 ゲンドウは不快の元凶をとりあえずは頭からふり払うと、愛しさを覚えるほどに愚かなあの少女のことを思い浮かべた。
 あの浮かれよう。懐きぶり。ゲンドウが何を求めようとも、そうそうのことでは逃げ出しはしまい。
 その確信を前提としてこれからに思いを巡らせるのは、気を紛らせるだけには留まらない、とても愉快な一時なのだった。



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