055
「商品は何ですか?」 言葉は一見丁寧だが、その裏に感じるのは不信ではなく疲労だ。恐らく、君同様に訪問販売でやって来る人間はかなり多いのだろう。彼がうんざりし、なおかつ疑いも持たないくらいに。 軽く息を吸い込むと、君は商売のために培ったセールストークを全開にして、淀みなく答える。恐らく、警備員が耳にたこができるくらいに聞いたようなことを。 『私どもが扱っている商品は、一言で言えないくらい多岐に渡っております。 敢えて言うなら健康商品、医薬品と言うことになります』 嘘ではない。 解釈の違いという物だ。それに、コンドームなどの避妊具は医薬品に分けられる物と言うことに間違いはない。勘違いするのは相手の勝手というわけだ。そこまで責任を取るつもりはないし、取れと言われても取るわけない。 さて、上手く事が運ぶだろうか。 内心おどおどしながら警備員の顔を見る。胡散がられてはまずいので、常にセールス用の笑顔を浮かべる。正直なところ、この顔は筋肉が引きつるので辛いのだが。 やがて警備員は目を伏せた。 「わかりました。取りあえず、会社の名前がわかる名刺を置いていって下さい。 明日限定の許可証を発行します」 やった…と喜びそうになる寸前、警備員の言葉に気がついた。 明日限定? 戸惑う君に向かって、警備員は片眉をつり上げていった。 「本来、訪問販売はこのマンションは断るようになっています。しかし、場合によっては訪問販売を受け入れることも間々あります。その場合、何度も何度も無駄な訪問をするというのは入居者にとって良いこととは言えません」 そこまで言われれば大体わかった。なるほど、確かにこんな高級マンションに住んでいて、低俗な商品や新聞の勧誘をされるのは我慢ならないだろう。 だとすると厄介だ。もし目的を達するためには、明日一日でマユミを落とさないといけない。しかもその後もマユミを玩ぶためには、彼女からマンションに自由に出入りするための鍵を手に入れなければならないと言うことになる。 一日でだ。 笑みを浮かべたまま固まる君を無視し、警備員は淡々と言葉を続ける。 「どうしたんです。まさか名刺を持ってないんですか?」 機械仕掛けのように君は胸ポケットの名刺入れから名刺を取りだし、動揺を押し隠しながら警備員に手渡した。幸い、会社の名前は一見してまともで、大人の玩具や避妊具を商っている会社とは誰も思うまい。 現に警備員も不審には思わなかったようだ。 「株式会社ショゴス…ね。聞いたこと無いですけどわかりました。明日また来て下さい。データベースに照会して問題がなければ許可証を発行します。 こられますか?」 うわ、すげぇ名前の会社。前言撤回。 それはよそに置いておいて…。 君は激しく憤った。 俺に来られるかだと? 行くに決まってるだろう! と吐き捨てたくなるのを堪え、君は至極曖昧な笑みを浮かべて引き下がる。 データベースの照会をパスすることは出来るだろう。会社だって訪問販売をしやすくするため、それなりに対策をしているのだ。この場合、株式会社ショゴスは表の顔としてごく普通の医薬品を扱っていると登録している。ある意味嘘だが、広義の意味で嘘ではない。言葉の魔法という物だ。 それはともかく、チャンスは一日のみ。 だがそれに賭けるしかなかった。(074) (くそっ、山岸のくせに。生意気な奴だ…この俺にここまで手間取らせて一日だけだと?) ふざけやがって。 こうなったらただ泣き叫ぶ彼女を犯すのではなく、自分から腰を振るようになるまで躾けてやる。考えられる限りの屈辱を与えてやる。シンジから奪い取ってやる。心も体も全てを。そしてマユミを利用して財産をも吸い尽くしてやる。 君は固く心の剣に…もといいきりたつ分身に誓った。必ずマユミの体内に白濁した毒液を噴射してやる。 とりあえずだが、マンションに入り込む手はずは整った。 さて、これから君はどうする? もう少し情報を集めよう 明日に備えて英気を養う |