BEAUTIFUL PARTY

第8話



著者.ナーグル














福音歴2019年×月□日 7時14分


 族長はのたのたと通路を歩いている。
 上機嫌だが、足取りはやや鈍くふらついている。時間は午前7時を少し回ったくらいで、オークからするとずいぶん夜更かしをしている時間だった。だが彼は眠気を感じていない。このまま日が昇り、また沈むまで起きていられそうだ。
 族長は眠気よりも、一種異様な高揚に精神を昂ぶらせている。ふやけるほど湯に浸かり湯を浴びていた身体からは湯気が立ち上り、紅潮した生々しいピンク色の肌を隠そうともせず全裸の族長は、満面の笑みを浮かべている。

『くっくっく。どんな気分だオーク?」

 耳元に吹きかけられる生臭い息にヒクリ、と身体を震わせるのは金髪の美少女戦士。問われた方は返事もせず、強く歯を噛みしめる。
 アスカは族長の正面からしがみついた格好で、たくましい変異ペニスで後ろと前両方の穴を貫かれていた。長く太く、そして異形のペニスはアスカの胎内でランダムに蠢いている。族長が歩くたびにヒクヒクとヴァギナと尻穴がひくつき、結合部から精液を滲ませ、滴らせている。

「あっ、はぅ、はっ。し、しら…ない…」

 アスカが口答えするだけで股間から脳天まで痺れさせるような快感が貫いた。
 絡みついた両足は族長の腰の後ろで足首を交差させて強く締め付け、両腕は羽交い締めするように脇の下から差し入れて肩を掴んでずり落ちないように必死だ。

『アスカ、かわいいぞオーク』
「う゛う、う゛っ、う゛っ。う゛うぅ〜〜〜〜〜っ」

 駅弁スタイルで犯されながら、アスカは族長にしがみつき、彼の肩に噛みついた。歯が生肉の臭いと鉄の臭いが混じった皮膚に食い込み、なんとも言えない味と臭いがアスカの口一杯に広がるが、アスカは決して口を離そうとしない。

「ぐぅぅ、うっ、うううぅ」

 ポタポタと口の隙間から涎を垂らしながら、アスカはそれでもなお噛みつき続ける。鋼のような筋肉と皮膚はアスカの歯が立つ相手ではなく、かえって喜ばせることしかできない。
 だが、もう、これくらいしかアスカにできる反抗の意思表示はできなかった。

(もう、わけ、わかんない…。わたし、いったい、どうなって)

 何回、絶頂に達しただろう。何回、イかされてしまっただろう。
 覚えていないし、覚えていたくない。我を忘れて、何度も何度も。快楽に惚けて、言われるがままに自分からオークのペニスを口にして舐めしゃぶったり、胸で挟んでこね回したり。自分で自分を慰めたら入れてやる。イかせてやると言われ、自分で自分を慰めたりもした。
 でも全然物足りなくて。
 オーク相手に媚びを売ってる自分が、オークを恐れている自分がたまらなく嫌で。
 ついに虚勢を隠すことも意地を張ることもできなくなって。

「ああっ、あぅ……はぅ、はっ、はふ…」

 そうこうしているうちにまたアスカは絶頂の快感に襲われる。口を離した瞬間、大量の涎がこぼれ落ち、二人の肩や胸元に滴った。アスカの首と背中が大きく仰け反り、爪先がぶるっと震える。

「あ、あああっ。あん、あっ、あっ、ああっ! ま、また、い…イっちゃう」

 消えてしまいたい。アスカは心の底からそう思った。
 でも、消えたら、いま股間を焼き尽くさんばかりに疼かせているこの快感は二度となくなる…。
 嫌なのに、嫌なはずなのに。見開いたアスカの青い瞳にはピンクオークの醜悪な顔が映っている。

「はぁ、はっ、ああ…また、また、またっ。あ、ああ、あああぁぁ…。ご、ご主人、さま」

 絶頂の快電流が全身を痺れさせた瞬間、自主的に族長を『ご主人様』と呼んでいた。命令されたからではなく自主的に、誰よりも先駆けて一番最初に。











同日 7時18分

 アスカと族長をのぞけば、オーク達がねぐらとしているこの洞窟で起きている…とかろうじて言えるのは、秘密の入り口を見張っているオークだった。
 短槍と丸盾を持ち、革の胴衣と皮の帽子をかぶっている。なにかあれば仲間達に大声で警告する手はずは万全だ。ただし、それは彼が勤勉な歩哨だったときの話だ。そして一般的に、ピンクオークに勤勉な者などいない。

『ぐぅぅ。ぐぅぅぅ』

 兜を脱ぎ、その上に盾を重ねて寝台のようにしてその上に横たわっている。仮眠の筈だったが、イビキと言うよりうなり声のような音を立てて、彼は完全に寝入っていた。
 族長のおこぼれを期待して、夜更かししすぎてしまったのだ。だが、そうでなくとも見張りが居眠りをするのは日常茶飯事だ。しかし、このことで彼を非難するのは酷な話だろう。ピンクオークに真面目に働けと言うのは、魚に泳ぐなと言うようなものなのだから。
 だが、今回に限ってはそうも言っていられない。
 なぜなら…。

 完全に寝入っているオークの頭に、いや喉に鉄の鏃が向けられる。木と骨でできた複合弓が撓み、肉食獣の後肢の腱から得られた弦が引き絞られていく。音はしないが空気に緊張が満ちていく。

『ん、んあ?』

 その瞬間、彼が目を覚ましたのは、どういう運命の悪戯だったのか。
 侵入者の行動は完璧だった。音一つ立てず、臭いもなく、熱もなく、殺意もない。本来なら見張りが気づくはずなかったのだが…。いずれにしても彼がそれを侵入者だと悟る間もなく、矢は放たれていた。矢が喉仏とその奥の延髄と脳幹を貫くまでの永遠とも思える一瞬。
 警告の叫びをあげる暇もなく、ただ自分が殺されるんだと言うことだけを悟って、彼は恐怖に目を濁らせた。鏃が喉を貫き、神経を引き裂く一瞬の痛みが、失血死させるより先にショック死させる。
 しかし、彼は見張りとしての職務は果たすことができた。

 カラカラカラカラカラッ

 彼が死ぬと同時に寝ながらも握りしめていたロープが解き放たれ、重石の落ちる音に次いでけたたましい鳴子の音が洞窟中に響く。
 黒い影としか見えない侵入者は小さく舌打ちすると、背後に控えていた連れに合図を送り、躊躇うことなく洞窟の中に飛び込んでいった。











同日 7時19分

 族長はアスカとの性行に没頭していた。
 鳴子の音には気づかない。











同日 7時25分

 元々、この洞窟が古代遺跡の保養施設だったことは何度も述べたが、その為かオーク達はかなり贅沢な暮らしをしている。全員が一つの部屋に雑魚寝ではなく、宿泊施設だった部屋に2〜4人ずつまばらに分かれて寝起きしている。それが今は彼らにとってマイナスに作用していた。
 全員が一つの部屋にいれば、少なくとも一人でも反応して起きれば、全員で対処できたはずなのだから。
 しかし、鳴子に反応して目を覚ましたオークは半分もいなかった。その一部のオーク達は寝ぼけ眼を擦りながら、寝床から這い出そうとしている。鎧とまでは言わない。せめて兜と盾、武器くらいは装備しないといけない。
 しかし、彼が武器を手に取るより先に、僚友達を起こすより先に部屋に飛び込んできた白い死と黒い死が彼らの命を絶ちきっていった。











同日 7時28分

 最後の雑魚オークである彼の両目、喉にほぼ同時に矢が突き刺さる。
 彼は副官達や族長などこの話に於いて名前が判明している者をのぞけば、侵入者を迎撃できた唯一のオークだった。だが結果は変わらなかった。











同日 7時32分

 アスカを抱えて広間までやってきた族長は、ようやく異変に気づいた。
 弟のチンベが血相を変えて駆け寄ってくる。

『アニキ、アニキー! 殺された、みんな殺されたオーク!』

 無能な弟の背後、広間の端では副官のクビライが棍棒を振り回して、青…というより紫色の全身鎧を着た人間と戦っている。その隣ではサテュロスのクドカテングリが真っ白で巨大な猫 ――― ホワイトライオン・オブ・タルテソスという聖獣 ――― と戦っている。
 クドカテングリが何事か呟き、杖をライオンに向けると炎が迸った。炎は大きく広がり、軍旗のようにたなびき、渦を巻いてライオンに絡みつく。真っ白な体躯が炎に呑まれ、山羊の頭から不気味な笑い声が起こった。

『カカカッ…めぇっ!?』

 唐突に炎はかき消され、汚れ一つない純白の毛皮を輝かせてライオンはサテュロスの頭を右前足で薙いだ。角が折れ飛び、脊髄の一部ごと首がもぎ取られる。顔の半分が潰れ、目玉が飛び出ていた。首は壁に激突し、グチャリと潰れて汚い染みを作る。サテュロスの体はそれでも数秒間は立っていたが、ライオンが唸ると同時に血飛沫を上げて前のめりに倒れ込み、数回痙攣するとそのまま動かなくなった。



 クビライもまた、同輩とほぼ同時にこの世に別れを告げた。
 侵入者は棍棒を苦もなく避けると、奇妙な形をした剣 ――― 孫六と銘を与えられた極東の処刑刀 ――― を切り上げる。棍棒を握りしめていたクビライの右腕が肘から切りとばされた。血をまき散らして右腕が天井近くまであがり、回転しながら地面に落ちる。

 勝てない…!

 本能的にそれを悟った副官は、ピギーッ!と豚そっくりに嘶くと後ろを向き、仲間も、何より恐ろしい族長も忘れて逃げようとした。だが、戦闘中に後ろを向くという行為がどんなに高くつくのか、失念していたのは彼の最大の失敗だろう。文字通り、彼はその身を持ってそれを学ぶことになる。
 隙を見せたことで機会攻撃が発生し、侵入者はそれを見逃さない。
 背後から強く膝の裏を蹴りつける。前のめりに倒れ込み、跪いた副官の頭を侵入者は掴んで後ろに仰け反らせた。無防備に反らされた首を肉厚の短刀が切り裂いた。切り開かれた傷口から血と空気を噴きだして副官はその場に倒れた。ヒクヒク痙攣する彼に、侵入者のもつ剣先が後頭部を刺し貫いてトドメを刺す。

 侵入者とライオンの目が族長とチンベを睨み付けた。











同日 7時33分

 取り乱しながらも、アスカの裸体に目を奪われているのか、あからさまな視線を隠そうともしない弟に族長は強い怒りを覚えた。助けを求め、すがりついてくるチンベはどうしようもなく邪魔だ。しかもどさくさに紛れてアスカの身体を舐めるように触っている。アスカは族長の所有物だ。弟とはいえそれをみだりに欲したりしてはいけない。特にこんな緊急事態ならなおさらだ。

『助けて、助け…ブヒッ!?』

 彼はシンプルに行動した。弟の首を掴み、片手でつり上げると侵入者が放った必殺の矢から身を守る盾としたのだ。
 予想したとおり、恐ろしいほど正確な狙いだった。
 アスカがしがみついているにも関わらず、彼女の体を避けて正確に族長の眉間を狙ってきていた。だが、狙いが正確であると言うことは、裏を返せば読みやすいと言うことでもある。特にアスカの体で心臓と内臓を守っている族長を一撃で倒せる箇所は、頭しかなくなる。

「なっ、仲間を…」

 族長の行動に驚きつつ、侵入者はなおも矢を放つ。2本、3本…正確に族長の頭を狙って飛んでくる矢を弟の体で受け止め、弟が持っていた両刃の大斧を奪い取ると族長は突進した。
 侵入者が弓から剣に持ち帰るより先に、胸から鏃が突き出て死にかけた弟の体を投げつける。かわしきれず侵入者が打ち倒される。弟の手足が絡み、起きるのに手間取っている。
 ライオンが横手から飛びかかってくる。かぎ爪が族長を切り裂く寸前、明らかにとまどったような動きでライオンは身を翻した。アスカが邪魔で攻撃できないでいる。そう判断した族長は大胆に自分からライオンに接近すると、力任せに斧を打ち付けた。

「ニ゛ャア〜〜! フニャア〜〜!」

 指ごと爪が数本切りとばされた。痛みに怯んだライオンに族長は更に追い打ちを掛ける。毛皮に赤い傷が次々に刻まれ、致命の一打で顔を切り裂かれて猫のような悲鳴を上げてライオンが転がる。

『フゴ、ブー! ブヒッ、ピギィィ!』

 勝利の嘶きをあげる族長。なおもライオンはむかってこようとするが、族長は素早くその顔に唾を吐きかけた。胃液の混じった目潰し効果のある毒液だ。それが目と傷に入り込む苦痛にライオンが泣き叫んで後退する。

 チンベの死体をはね除け、侵入者が起きあがるのを彼は目の端に捕らえた。
 猛り狂った族長は本来なら両手で扱うはずの斧を、片手で振り回して侵入者を追いつめる。侵入者はなかなかの腕前を持っているが、接近戦は鎧や武器の差があってもなお、族長に歩があった。なにより、アスカの裸体に気を取られるのか、侵入者の剣捌きも体捌きもぎこちない。
 勢いを増した族長の必殺の回転斬が侵入者を襲う。
 侵入者はかわしきれず、左手を斧が捕らえた。強固な鎧のために切断こそ免れたが、肘先の明らかに関節ではない部分から「く」の字型に折れ曲がる。血を吐くような悲鳴をあげて侵入者は倒れ込む。振り下ろされた斧をかろうじてかわすと、後方に大きく飛び下がり、剣の切っ先を族長に向ける。
 これでもう、弓は使えない。











同日 7時34分

 頭の横で剣が振り回され、金属の打ち合う甲高い音が響いている。

(なに、が…起こってる、の?)

 快楽に濁った頭と目では周囲の物事をはっきりと認識できない。
 ただ先ほどにもまして族長のペニスが硬く大きくなり、激しく動き回ってアスカの両穴を乱暴にかき回していることだけをはっきりと感じ取っていた。

「くっ、くぅぅぅぅ…あ、はげ、し、い」

 弾むように上下する族長から振り落とされないように、両手と両足でしっかりとしがみつく。調教されたとおりに、暴れるペニスを鎮めるべく、下腹に力を入れて膣全体でペニスを締め付け、感じて、感じさせる。ゾクゾクとした快感がアスカの、そして族長の背筋を駆け上っていく。

『ブヒィィィッ!? い、いまは、邪魔だオーク! や、やめるオーク!』
「んん、あっ、ああ、んんっ。はぁ…ああ、いい」

 戦いの最中でも、膝がガクガクとするような快感に族長は抗えなかった。肺から絞り出すような長い呻き声を漏らすと、大斧を取り落とした。両手がアスカの胸に伸ばされ、第2の腕が細腰のくびれを掴む。
 戦いの最中でも機会があれば打ち殺した敵の死体で食事するトロールのように、ピンクオークもまた種族としての本能には抗いきれなかった。
 直前までの戦いも忘れ、目の前のアスカだけを見つめて、行為に没頭するため座り込む。

『ブヒッ、ブヒッ、ブヒッ』
「ああ、あっ、あっ、ああっ、あんっ! はっ、あっ、あっ、あああっ! あん、ああっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あああっ!!」

 突然の異種同士による性行為に呆気にとられていた侵入者だったが、すぐに気を取り直すと剣を構えなおした。
 胡座をかき、アスカを抱きしめて小刻みに体を揺する族長の首を狙って剣を振るう。

「い、イくっ! い、イっちゃう! ああああああっっ!!」
「うわっ!?」

 突然動いたアスカに侵入者は声を上げて手首を捻った。
 絶頂に達して勢いよく後方に仰け反るアスカを避け、剣の切っ先が跳ね動く。首筋を狙っていたはずの軌道は上方に跳ね、豚のように飛び出した鼻先と両目を深々と切り裂いた。

『ブギイィィィィィッ!!』

 さすがにアスカを取り落とし、族長は苦痛に立ち上がって嘶いた。姦るのを邪魔した糞野郎! ぶち殺してやる!  跳ね落とされたアスカの身体を、床の石畳に打ち付けられないよう反射的に侵入者は受け止めた。

(う、うわ…こ、これが、女の…人の体…)

 こんな時にもかかわらず、鎧越しに感じる柔らかな、そして初めての女体の重みに一瞬、状況を忘れてしまいそうになる。

「あの、ちょっと、ねぇ君…って、うわっ」

 意識のないアスカを気遣って話しかける侵入者だったが、すぐに彼は言葉を無くして目を見開いた。顔の傷を押さえて仁王立ちする族長の股間が、その異形の体の全てが、彼の前にさらけ出されている。吐き気を催す異様な変異を前にして、彼は冷静ではいられなかった。

「うっ……うわぁあああああぁぁぁぁっ!!」

 トドメを刺すための急所…首筋、心臓ではなく、男性としての急所を狙って真一文字に剣を振るう。やや斜め下から横薙ぎに払われた刃は族長のペニスの先端を、両足ごと切り裂いた。太股の動脈からの大量出血…いや、ピンクオークをピンクオークたらしめているものが切断された瞬間、彼の命は絶たれた。
 「グェェェ」と断末魔の叫び声を上げて族長の上半身が後方に倒れ込む。両足…いや、下半身はそれでもなお倒れることなく、その場に直立していた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。な、なんなんだよ一体。くそ、なんだって言うんだよ…」

 肩で息をしながら侵入者の男は、しっかりとアスカの身体を抱きしめていた。





















福音歴2019年×月△日 14時12分


 暖かい日差しと心地よいそよ風を肌に感じ、ゆっくりとアスカは目を開いた。涙の跡で瞼が張り付き開けづらく、それに霞んでいる。すぐには自分がどこにいるのかわからなかった。

(あれ…ここ?)

 数回瞬きし、手で擦って改めて周囲を見渡して、そしてやっぱり自分がどこにいるのかわからなくてアスカは首をかしげる。

(洞窟じゃ、ないのね。あれ、これって、どういう、ことなの?)

 昼の日差しがまぶしかった。久しぶりの光に慣らすように薄目で周囲を見渡す。
 少し離れたところに焚き火跡がある。熾火が残っているのか、距離があるのにほのかに温もりを感じる。灰の上に直接、使い込まれた鋳鉄製のヤカンが置かれていた。すぐ横にはやはり鋳鉄製のカップが置いてある。微かに匂うこの香りは、紅茶だろうか。林檎の匂いがする。

「…アップルティー」

 のろのろと首を巡らせると、少し離れた別の木陰で大きな白い塊…ホワイトライオンが丸くなっていて、その側でライオンに守られるように美しい女性が眠っているのが見えた。ホワイトライオンとは対照的な褐色の肌、やつれてはいても快活そうな面立ち、リネンを利用して作った彼女自作の白い服…。

「ナディア」

 確かめるように知り合ったばかりでまだ友達とも言えない関係の女性の名前を呟く。ライオンの耳がピクリと動き、片目だけでじろりとアスカを睨んでいる。
 警戒されているのを感じてなんか腹が立ったが、ライオンからは敵意を感じないので、彼女達は放っておいても良いような気がした。
 ライオンへの警戒を解かずにのろのろと焚き火に這い寄り、空いてるカップを手に取るとポットの中身を勝手に味わう。

「はぁ…ああ…」

 口の中のねばねばごと一息に飲み込む。紅茶はえぐみが出ていたが、素晴らしく美味かった。こんなに美味い紅茶を飲んだことはない。水分と共にカフェインを補給して意識がはっきりしていく。
 改めてアスカは周囲を見渡した。
 ナディア達とは違う木陰に、数人の人間が座り込んで何事か話している。よく知っているはずなのに、すぐに名前が思い出せない。じっと見ていると、向こうでもアスカに気がついたのか手招きをして、更に名前を呼んできた。


「マユミ」

 眼鏡を掛けた長い黒髪の女性…。
 羨ましいほどにスタイルが良いのに、イヤミかと思うくらい地味な服を着ている彼女だが、今日はいつにもまして飾りも素っ気もない服を着ている。ナディアがつくったトーガの様に簡素な服だ。よく見れば、隣にいる他の女性達も、さらに自分も同じ服を着ていた。ああ、そうだった。一つ思い出した。

「マナ」

 マユミの隣にいるのは外跳ねのショートにした栗色の髪と優しげな垂れ目が特徴的な貧…もといスレンダーな体が特徴的なマナだ。だが今は目の下にクマができ、滅多に見られない疲れが取り憑いている。いや、疲れているのは彼女だけでなく、他の仲間達も、自分も同じだ。また一つ思い出した。

「レイ」

 マナの隣にいるのは月のように蒼白な肌と赤い瞳、銀色の髪を乱雑に刈った美女だ。病的な外見とは裏腹に豊かな胸やどこか艶っぽい表情には同性のアスカも時折胸をドキリとさせてしまう。よく喧嘩する彼女だけれど、今はそれすらも懐かしい。彼女だけでなく、他のみんなとまた喧嘩したり楽しげに会話したりすることはできるんだろうか。

「ヒカリ」

 レイの隣にいるのは他の誰よりも疲れ、絶望に顔を曇らせている黒髪の美女だ。ほどけていた後ろ髪は草蔓で再び結び直して、左右に垂らしてお下げにしている。まだ残るそばかすとニキビもあってますます子供っぽく見える。首から下だけ見れば、子供どころか成熟しきった大人の体の持ち主なのだが。
 …大人の体。ここにいる全員が大人の女にされてしまったのに、何を言ってるのだろう。


 それはともかく、アスカは目頭が熱くなるのを感じる。

「良かった、みんな、無事だったんだ。良かった、本当に、良かった…。私、笑ってる…良かった笑えるんだ。
 で、アレは、誰なのよ?」

 そして、そう、そして。
 彼女達に囲まれるようにして、アスカの知らない人間が腰を下ろしている。明らかに困った顔をした紫色の鎧を着た人間の…男性だ。
 知らないはずなのに、その背中に大きな弓と太刀を背負った男性には見覚えがある。自分たちとほぼ同年代のその男性とはどこかで、そう、たしか、とても思い出したくない最低な状況の時に会ったような。

「ああっ」

 男性と会ったのはどこかの洞窟の中だった。それを思い出した瞬間、アスカの脳裏にオーク達に負けたこと、族長のこと、敗北してオークの慰み者にされていたことが映像となって再生される。全部、全部思い出していた。自分たちが「竜を挫くもの」と呼ばれた腕利きの冒険者であること。それが簡単なはずのゴブリン…オーク退治に失敗し、あろうことかオークの捕虜になって処女を奪われ、慰み者にされていたこと。

「い、いや…だ」

 夢だと思いたかった。忘れてしまいたかった出来事。
 眩暈を覚えて立ち上がりかけていたアスカはその場にしゃがみ込んだ。吐き気がする。胸の奥が疼き、みぞおちが重苦しい。
 気がついたとき、彼女を案じて背中をさする仲間達に囲まれてアスカは嘔吐していた。苦しくて時に痛みを覚えるほど辛かったけど、アスカはそれを喜んでいた。吐くだけでなく、アスカはその場にしゃがみ込んだまま失禁していた。太股が生温くなっていく。気を抜けば小便だけでなく、肛門から大便も漏らしてしまうだろう。
 それでも良いとアスカは思った。

(みっともない…わたし、最低、最低。でも、吐かなきゃ、全部、出さなきゃ)

 オークによって注ぎ込まれたものを全て吐き出そうとするようにアスカは泣きながら嘔吐し続けていた。











同日 14時35分

 体を拭い、着替えてようやくアスカは落ち着いて話ができるようになった。アスカの様子に自分の味わったことを思い出してしまったのか、マユミとヒカリが貰い泣きしている。レイとマナは泣いていないが、それでも記憶を呼び起こされて辛そうだ。
 ともあれ、アスカは目の前の華奢に見える男を胡乱な目で見ながら話を聞いている。

 彼の名前は当初予想していた『ジャン』というナディアの恋人ではなく『六分儀シンジ』といい、単なるナディアの知り合いだと語った。一瞬、言い澱んだことからなんとなくそれが偽名じゃないかとアスカは感じた。ともあれ彼が言うには友人であり、共通の仇 ――― 冬月コウゾウまたの名をガーゴイルという黒魔導師 ――― を持っていて協力し合っている。小柄な体を更に小さくして、素っ気なく彼はそう言った。
 些細なことで喧嘩してナディアが飛び出したとジャンとその妹分の少女「マリー」から聞き、協力して探し回っていたらしい。行き先を告げずに飛び出したナディアを見つけるため、色々手を尽くしたが手がかりがなくて苦労した。と、やや腹立たしげに木陰で眠っているナディアを彼は睨む。
 ナディアの位置を大雑把にでも調べるため、ジャンを術で仮死状態にした上で、ジャンを目標に探知魔法をかけて探した。生きているジャンを目標にしても、彼は仮死状態のため反応はしない。はずだったが、万一の可能性に賭けて行った探知魔法は、彼の体が安置されている奥津城とは別の場所を指し示していた。
 彼女の胎内にいる、ジャンでもナディアでもない胎児に反応したのだ。直ちにナディアの契約獣であるホワイトライオンのキングを連れて探しに来て、そしてあまりに広い検索範囲に途方に暮れていたがようやく見つけることができた。疲れた顔をして彼はそう言った。
 言葉を話すコウモリを拾わなければ、今も探し回っていただろうね。と黒くて丸い冷ややかな目でマユミの顔をシンジは見る。小動物とはいえ気安く使い魔にして使い捨てる…あまり良い感情を持っていないことは言わずもがなだ。いたたまれないようにマユミは目を逸らして顔を伏せた。ナディアを見つける助けにはなったけど、その為にあのコウモリは死んだわけだ。といちいちイヤミを言うシンジをじっとアスカは睨んだ。

(なんか嫌な奴ね)

 君たちの装備とか拾える限り拾ってきたし、みんな目を覚ましたから。あとはナディアをつれてル・アーブルの街に帰るだけだ。と素っ気なくシンジは言う。必要以上に語ろうとしない彼の様子から、本当はマユミに劣らず内省的な人間なんだろう、とアスカは見て取った。彼の言葉を遮ろうとマユミは口を開きかけるが、結局何も言えずに黙り込んでしまう。内気なマユミが男に話しかけることができないで黙り込むのはいつものことだが、それにしても様子がおかしい。
 なにか変だ、とアスカは悟った。ちらりとレイ達を見ると彼女達も小さく頷き返してくる。

「マユミ、どういうこと? なにかあるんでしょ」

 殺気の籠もったアスカの声にマユミがびくっと肩をすくめ、だが、明らかにホッとした様子でアスカに向き直る。また聞かされるのか…と肩をすくめ、整っているけど性格が丸わかりの気弱な顔に弱々しい苦笑いを浮かべ、シンジは嘆息した。











同日 14時38分

「あ、あの、その…私たち、オークに、その、ピンクオークに」

 羞恥と思い出した屈辱でしゃくり上げて、つっかえつっかえマユミはアスカに説明する。

 自分たちは三日三晩にわたってピンクオークに犯された。このままだと大変なことになるのは避けられない。オークの繁殖率は異常だからだ。
 ナディアは違う。オーク達に犯される前から恋人の子供を身ごもっていた。だから彼女は大丈夫。アスカが眠ってるとき、シンジに乞われて魔法で徹底的に調べたが、妊っているのは2ヶ月半の人間の子供だ。いくらピンクオークでも既に妊娠している人間を改めて妊らせることはできない。
 だから、彼女はピンクオークの呪いを心配することはない。恋人との折り合いは悪くなるかもしれないが、それは別の問題だ。

 でも自分たちはダメ。
 間違いなく妊娠している。このままだと自分たちは3ヶ月の後にピンクオークを生むことになる。
 そんなことは、アスカの言い方をすれば、絶対に、死んでも嫌だ。だがピンクオークの胎児には受精卵の内から堕胎魔法がかからない。勿論、これらの受精卵などの医学専門用語はマユミ達の科学・医学レベルの世界ではまだ存在しない。あくまで、他の物事でどうにか喩えたのだ。

 ともあれ、できることはほとんどない。

 諦めて産む。
 ある程度育ったところで堕胎医に対処を頼む。

 だがこれは悪影響が…一般に『ピンクオークの呪い』と呼ばれる影響が生涯残ることになる。胎内に残されるごくごく僅かなピンクオークの体細胞はわずかであってもオーラを放つ。非常に弱く微々たるものであるが、胎内に直にまき散らされるオーラは生身のオークが放つオーラよりも強く、強烈に女性に影響を与える。
 嫌で嫌でたまらないのに、そのオークに辱められる屈辱に言いようのない安心と快感を覚え、それを求めずにはいられなくなる。オークがいなければ誰でも良いからと肉親やゴブリン、はては犬や馬などの畜獣相手の性行すらも求めてしまう。そして行為後に訪れる冷静な一時が、心を苛み苦しませるのだ。

 当然、日常生活を送ることは困難であり、ほどなく自己嫌悪で精神を病んで狂い死ぬ。
 治療院で苦しむ犠牲者の姿を思い出し、マユミは唇を噛みしめた。そんな彼女の様子に、マナとレイは言葉もなく、ヒカリは体を震わせている。

 もう一つの、そして唯一の解決方法は…。
 顔を真っ赤に染めてアスカの、次いでシンジの顔をチラリと見てマユミは続ける。

「に、人間の、男性に…その、あの、えっと……。三日の内に、だ…抱いて、もらうことです」
「はぁ?」
「ば、馬鹿みたいに思えますけど、本当なんです。ピンクオークにとって、人間の男性の、その、せ…た、体液は、猛毒なんです」

 誰が、どうやってその事実に気づいたんだろう? どうでも良い疑問が沸く。きっとろくでもない状況で判明したんだろう。男って奴は…。シンジがその男ではないのはわかっているけれど、アスカはじろりと居心地悪そうにしているシンジを睨んだ。

 マユミは言葉を続ける。
 でも効果があるのは妊娠してから三日の内。それ以上時を置くと、着床した受精卵は表面を保護膜で包み、人間の精液や他のオークの受精卵を排除するようになる。
 そして自分たちがオークに敗北し、捕らわれたのはちょうど三日前の午後遅く。

 もう時間がない。人里から遠く離れたこの地には、冒険者か猟師ぐらいしか人は立ち入らないし、それも簡単に見つけられるようなものではない。街に行くにも三日以上かかり、時間切れになるのは間違いない。
 つまり、今目の前にいるシンジ以外に人間の男性はおらず、彼に協力(ここまで言った時点でマユミは沸騰しそうなくらいに顔を赤くしている)してもらわないといけない。

 だが、シンジの返事は素っ気ないものだった。

「えーと、あの。さっきも言ったけど、僕、その女の人と、そう言うことしたことないから」

 頭をかき、申し訳なさそうにシンジは言った。手の骨折を治してもらった分、手助けはしてあげたいけれど…。でも、今彼が着ている魔法の鎧はアスカの愛剣であった「リトリビュート」同様に、使い手に資格を求めてくるのだそうだ。
 つまり、レンジャー(遊撃士)である彼が聖騎士の技を使うことができるのは、殺された親が残した初号鬼という妙な名前の鎧の力のためらしい。くわえて魔法やドラゴンブレスなどの範囲型攻撃を完全回避しうる能力「イヴェイジョン」を使用できる全身鎧なんて、それだけで金貨数十万枚で取引される鎧なのだ。

 復讐のための力を、そんな易々と手放すわけにはいかない。というのがシンジの返答だった。

「あ、あの、でも、その、お、お願い、します。私たちのこと、哀れに思うなら」
「いや、その、ごめん。事情はわかるけど、そう言うのは、やっぱり恋人とかそう言った関係の人とするものだと思うし」

 焦っているためか、吃音ながらマユミがシンジに懇願する。だが、シンジは心の底から困っている顔をして拒絶する。
 呆れた顔をしてアスカは耳まで真っ赤にしたマユミを、それからまたシンジの顔を見た。

 なるほど、確かに複雑だ。

 素っ気ないところはあるけど、シンジは決して悪人なんかじゃない。
 助けてあげたいという気持ち、人並みにある女性に対する興味、童貞と告白した気恥ずかしさ、力を無くすことに対する恐怖、事に及んだは良いけど色々失敗したときのみっともなさ。会ったばかりの女性とそう言う関係になる事への、一般常識から見た不道徳性。

 そして彼と同様に、マユミの言う解決方法を納得できないでいる自分もいる。

 他に方法はないのかという疑問、シンジの言うように好きでもない会ったばかりの男に抱かれるという問題、あまりに男に都合の良すぎる解決方法、あの心を鷲づかみにされるようなオークオーラの影響が一生続くという恐怖。いや、あれをまた感じられるという暗く濁った歓喜。

 いつの間にか、じっとりと手に汗をかいているのをアスカは感じた。
 もうそんなに時間はないだろう。
 懇願し、土下座して、必死に頼めばシンジはウンと言ってくれるかもしれない。

(でもそれでいいのアスカ?)

 たとえ自分だけでなく仲間のためであっても、命の恩人かもしれないけど、会ったばかりの男に頭を下げることはアスカのプライドが許さない。

(というかなんなのよこいつは? 事情があるのはわかるけど、なんで嫌がってるのよ!? 私じゃ、私たちが童貞捨てる相手に不満だって言うの?)

 そう、自分たちがお願いする立場だというのがアスカは気に入らなかった。
 好きでもない男に抱かれるとか何とか、そんなもの、あれだけオークの慰み者にされていたアスカ達にとっては今更な話だ。

 アスカは顔を上げてシンジの顔を正面から見つめた。
 青い瞳からのまっすぐな視線に、シンジはたじろいだのか顔を背けて居心地悪そうにしている。











同日 14時51分


「ちょっと、あんたシンジって言ったわね」

 黒髪の青年…いや少年は明らかにアスカのように気の強い女性が苦手なのか、引きつった顔をして、だが逃げようともせずおとなしくアスカに顔を向け、一瞬視線を合わせただけで耐えきれずに目を逸らした。
 ゆっくり、噛んで含めるようにアスカはシンジに一言ずつ告げる。
 レイは無言のままだがアスカの言葉に大きく目を見開き、マナは言いかけた言葉を瞬きもしないアスカに睨まれて飲み込んだ。ヒカリは過呼吸でも起こしたのか引きつった顔でアスカとシンジの顔を交互に見つめ、マユミは卒倒しそうだ。



「ぶち殺すわよ、あんた」






「助けてくれてありがとう」







初出2010/08/30 改訂2011/06/05

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