BEAUTIFUL PARTY 5話Aルート
著者.ナーグル
『おまえら、引き上げるぞオーク』 部下の言葉に馬鹿笑いで族長は答えた。 美女が4人も手にはいるとはなんと素晴らしいことか。族長は傍目から見てもご機嫌だった。 (死ね、死ね、死ね! …違う、このオーク共は、絶対に私が殺してやる、殺してやる、殺してやるっ!) 心の中で毒づきながら、アスカは片眼の族長を睨んだ。 普段なら圧倒的なアスカの殺気と、究極の美女の匂いに気づかないオーク達ではなかったかもしれない。だが、室内に充満する茹だるような女の匂い…マユミやレイ達の香りに誤魔化され、さらに外で刻一刻と気配を増す雨に背中を押されていた。泥まみれ、血塗れでも鼻歌を歌える彼らだが、そんな彼らでも激しい豪雨に身を濡らすのは嫌だと見える。 『水が流れ込む前にねぐら、帰るオーク』 斥候役の部下に地下道の入り口へ先導させながら族長はふんぞり返っている。以前、親交のあったホブゴブリンが、偉い奴は、偉大な奴は急がない。と言っていたことを思いだしている。それに、入り口の蓋がちゃんと閉まっているか確認するのは大事な仕事だ。これは族長の債務だと考えている。以前、大雨が降ったときに蓋を開け放したままだったが、大量の水が泥と共に流れ込んでしばらく地下通路が使えなくなった。 (あの時は本当に大変だったオーク) この通路が使えないとなると、出入りする為には身を隠すことも出来ない野外を歩かないといけない。この森にはデッドリーマンティスなどといった大型の怪物も住み着いており、本当に危険なのだ。 それだけではない。 この地下通路は彼らの住居の本来の入り口や、途中にある罠や怪物をショートカットできる秘密の抜け穴でもあるのだ。 『チレド・バウ(族長)、早く帰ろうオーク』 『おぅ、すぐ行くオーク』 すぐ近くに落ちた雷に身をすくめると、慌てて族長は抜け穴をくぐり、そして確実に戸を閉めた。 意識を失った美姫達を抱え、オークの略奪者(オークランドレイダース)は地下通路の奥、豚穴の深淵へと消えた。 それからどれくらい経っただろう…。 太陽は沈み、既に真っ暗に室内ではまだアスカはじっとしていた。耳だけを澄ませ、最後の最後までオークや他の怪物達の気配がないかと確認を怠らない。外では遂に雨が降り出し、ゴオゴオ、ザアザアと激しい音を立てている。くぼんだ低地にある室内にも雨水が流れ込んできていた。排水溝があるらしく、どこかに流れていっているようだが、それでも流れ込む量に比べれば排水量は少ないらしい。 「ちくしょう…」 オーク達は近くにはいない。そう確信したとき、初めてアスカは身動ぎをした。 カラカラに渇いた喉を締め付けるように、アスカは呻き声のような呪詛を吐き出した。目を閉じると、最後の瞬間のレイ達の姿を思い出してしまう。だから瞬きは出来ない。見開かれたままの目は充血し、別人のような相貌となっている。鬼哭啾々、いまここにいるのは戦乙女ではなく、一人の復讐の鬼女。 「絶対に、仇を…違う、絶対に、みんな助けるわ」 (そう、みんなの願いと期待は無駄にはしない) 伸ばした指先が、壁にへばりついていた瘡蓋のような固まりをぬぐった。 乾ききっていたそれは、雨の影響から再び潤いを取り戻し、ゼリーのようになっている。 (使えるのかしら? でも、どっちにしろこれがダメだったら、その時私は…) ままよ、とアスカはその粘液をとれるだけ手にすくい取り、そして自分の腰を捕らえる壁に刷り込むようになすり付け、そして全力で壁を押した。 「くぅ……動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け、動け…………動きなさいよっ!」 次の瞬間、アスカの体が果物の皮を剥くように、ぬるりと壁から抜け出した。 「きゃあああっ」 壁をすり抜ける瞬間の得体の知れない感覚と、生物ではない下半身の装備が抜け落ちたことにアスカは年相応の可愛い悲鳴を上げ、そのまま勢い余った半裸で水の中に落ち込んだ。 一瞬、上下がわからずパニックになりかけるが、すぐにアスカは立ち上がる。水を滴らせて仁王立ちしたまま、アスカは心の中でマナに快哉をあげた。 (やったわよ、マナ) 脱出に失敗しつつも、アスカが捕らわれていた壁に体当たりして倒れたマナ。そして彼女は捕まってしまったが、彼女の全身は壁抜け薬で濡れていた。 もちろん、全てを計算したわけではないかもしれない。だが、彼女がいなければ、アスカは壁から抜け出ることも出来ず、このまま溺死してしまっただろう。 (みんな、助かったわ。とりあえず、だけど) 功はマナだけではない。自らの危険も顧みず、アスカを隠したマユミ。オーク達の注意が行かないように身を挺したヒカリとレイ。全て彼女たちのおかげだった。 ほとんど無いも同然、薄氷を踏むような可能性に彼女たちは勝ったのだ。 「いいえ、まだよ」 闇の中で顔を引き締めると、アスカは明かりの魔法を唱え、大あわてで下半身の装備を拾い集めた。手短に装備を整え直しながら、アスカはオーク達の悪ふざけの後を追って、地下通路の入り口を探り当てる。ヒカリがつけた物らしい真新しい傷跡がついた床はすぐに見つかった。幸い、斜めに傾いた室内の高い位置にあった為、まだ水が流れ込んできていないが、それもすぐだろう。 (開けられなくなる前に…。待っててみんな。すぐに、絶対に助ける) オークの悪臭が漂う薄暗い通路を進みながら、アスカは戦乙女になる以前、卑怯な行いをしない、純血を保つなどの誓いをしたことを思い出していた。それ故に様々な神力を奮えるわけだが、アスカはそれもこれっきりかもしれない、と思った。オーク達を目の前にして、冷静なままでいられるかどうかはわからない。不意打ちはもちろん、命乞いする相手にとどめを刺すことにも躊躇しないだろう。 (でも構わない。家の再興とかママの名誉回復とか、そんなこともどうでもいいわ。あの悪鬼共に地獄を見せられるのなら…) メノス村 司祭の日誌 福音歴2019年×月○日 冒険者達が帰還する。あの忌まわしいオーク共相手に思わぬ苦戦をしたらしく、リーダーらしき金髪の女戦士は左目と右腕全体に包帯を巻いていた。仲間の方々も疲れ切っているようで、乞われるままに一晩の宿を提供した。 オーク達は皆殺しに出来たようだ。しかし、証拠として酷く痛めつけられたオークの族長の生首を放り出されたときは些か困惑した。 ともあれ、これで村があの悪魔達に苦しめられることはなくなった。神に感謝を。 それにしても、やはり冒険者などという得体の知れない連中には長居して欲しくはない。長老は平伏さんばかりに感謝しているようだが、それでもだ。 まったくなんということか。この神の館に村の若者達を数人引き込みふしだらで破廉恥なことをしているようだ。 文句を言おうとしたら、一人外に出て夜風に当たっていたた女戦士(アスカと名乗った)に睨まれ、「あの子達も好きでしてるんじゃないわ。今夜一晩くらいほっときなさいよ」と凄まれた。 まったくなんということか。いかに恩人とはいえこのような暴挙が許されて良いはずがない。けしからん。けしからん。 あのような見目麗しい女性達と関係を持つなど、素朴な村人に毒を注ぎ込むような物だ。何事もなければよいのだが…。 イルアラム寺院付属治療院 尼僧の日誌 福音歴2019年×月△日 本日、オークの害にあったという4人の女性が入院しました。 対処はしたということでしたが、それでも話を聞いた限りでは時間的に間に合ったかどうか…。妊娠しているかは五分五分でしょう。あまり楽観視せず対処することになると思われます。神よ、彼女たちにお慈悲を。 福音歴2019年★月◎日 入院したオーク被害にあった女性の1人、「×××」さんが自殺しました。まさかあんな物を使って自殺するなんて…。まったくやりきれません。自殺者は天国に行けないのに。それでも彼女はこの生き地獄よりマシだと思ったのでしょうか。 福音歴2019年★月○日 「●●●」さんは昨日生まれたオークの子と共に姿を消しました。何を考え、どうしてそんなことをしたのか。 いずれにしても、彼女とその子達の消息を私が、いえ全ての人が知ることはないような気がします。 福音歴2019年●月◇日 「▲▲▲」さんが夜な夜な院を抜け出し、近く…と言っても10キロ以上離れた村の男の人を相手に淫らな行いをしているようです。 泣きじゃくりながら自らの犯した罪を告白する彼女も、やりたくてそんなことをしているわけではないのでしょう。 とはいえ、放置したままにしておくことも出来ず、暴れたりする患者の為の隔離病棟にうつすことになりました。 …ごめんなさい。 英雄達の記録 『ガーゴイル』あるいは『スペースブラックゴッド』という呼び名で知られる闇魔導師冬月コウゾウは、己が宮廷魔導師として使えていたネルフ王国を滅ぼし、王国の地下深くのジオフロントなる迷宮より復活させた使徒なる怪物達と飛行要塞を用いて、大陸全土に覇を唱えんとしていた。各国連合軍は円盤形使徒の攻撃に壊滅し、さらにガーゴイル自身は空高くに浮かぶ飛行要塞にいる為、手も足も出せない状況だった。 万策尽きた各国連合は、起死回生の一手として、錬金術師達が総出で作り上げた巨大な空洞をもった弾丸に勇者達を詰め込み、空中要塞に射出するという方法をとった。 多くの勇者達が志願し、そして戦死することになったこの作戦だが、生死不明の参加者名簿の中に「ASUKA.S」という素っ気ない記録がある。これがアスカのその後なのかはわからないが、彼女の悲願だった家名の再興は果たされなかったことだけは確かだ。 BAD END 初出2008/10/16
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