……萩原、早く帰ってこないかな……。
俺はすっかり冷えてしまった夕飯のおかずを前にため息をついた。 同じ大学に通っているとはいえ萩原とは学部が違うので、カリキュラムはほとんど異なる。お昼に待ち合わせをしていなければ、キャンパス内で顔を合わせることさえ難しいだろう。多少無理をしてでも萩原との二人暮しを始めてよかったと俺は思った。 大学から実家まではわずか電車で一時間半の距離だ。通おうと思って通えないことはない。だから大学入学とともに家を出たいと言ったとき、母親は反対した。でも、俺はどうしても萩原と一緒に暮らしたかったから、一生懸命母親を説得した。萩原のお母さんの力添えもあって、俺は何とか母親を納得させ、4月から二人きりの生活をスタートさせることが出来たのだった。 「ごめん、十夜。遅くなった」 「おかえりなさーい。晩飯、作っといたからね」 「十夜が作ったのか?」 萩原はちょっと驚いた顔をした。というのは、食事当番はほとんど萩原が担当しているからだ。食事当番に限ったことではなく、掃除や洗濯、アイロンがけも萩原がすることが多い。 ……だって俺、不器用なんだもん……。 一応、家事当番決めてて、俺も手伝おうとするんだけどさ。萩原って器用なんだよね〜。一人暮らしが長いからってのもあると思うけど、素質っていうのもあるんだろうね。そして俺にはその素質がない……。 萩原がぱっぱっぱっと俺が手出しする間もなく作業を終えちゃうんだ。俺が手を出すと、余計に時間がかかるというか。お母さんがあれほど俺が家を出ることに反対した理由がよく分かったよ。さすが母親だよね。お母さん、ちゃんと分かってたんだ。自分の息子のダメっぷりを……。 萩原がいなかったら、絶対俺、すぐに餓死してたよ。お母さんも萩原と一緒だからなんとか家から出ること許してくれたんだもんね。でも萩原との生活が『同居』じゃなく『同棲』って知ったら、お母さん怒るだろうな……。悪い息子でゴメンね。いつか本当のこと、ちゃんと言うからね。 「大丈夫か? 怪我しなかったか?」 俺が料理を作ったと知り、萩原は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。萩原は相変わらず俺に過保護だ。でも好きな男に優しくされるのは嬉しいから別にイイけど……。 「ん。へーき……。作ったっていってもすんごく簡単なヤツだし。でもおいしくないかもしれない……」 「十夜の手作り料理だなんて、嬉しいよ」 萩原は俺の手を両手で握り、蕩けるような笑みを見せ、俺の唇におかえりなさいのキスをした。俺って愛されてるなーってしみじみ実感。ああ幸せ……。 料理はやっぱりおいしくなかった。 ……うーっ。どうして味見ぐらいしとかなかったんだよ! 俺のばかーっ。 「……ゴメン、萩原……。おいしくないよね……」 「そんなことないよ」 おいしくない料理を萩原はおいしそうに平らげた。こーゆーとこ、萩原はスマートでカッコイイんだよね。だってさぁ、ほんとにまずかったんだぜ? 味噌汁には味噌のかたまりが入ってたし、なんかダシを入れ忘れたっぽいし……。野菜炒めは半生っぽいしさー。 でも萩原はちゃんと残さず食べてくれた。萩原ってやっぱり優しい。すごく好き。 ……萩原、おなか壊さなきゃいいけど。 萩原の思いやりが嬉しかったけど、俺はちょっと心配になった。 「十夜、今日はどうだった?」 萩原はどんなに忙しくて疲れていても、俺との会話の時間を取ろうと努力してくれる。なかなか大学に馴染めず、入学してから一月も経つのに友人一人作れない俺を心配してくれているのだろう。入学してすぐの頃、よく話しかけてくれた同じクラスの男子……名前は鮫嶋だったかな……がいたんだけど、今ではなぜか、俺に話しかけるどころか俺の顔を見ると逃げ出すようになってしまった。 ……俺、なにか悪いこと、したのかなぁ? 周囲に溶け込めない自分が惨めで俺はため息を付いた。 高校の頃はずっと萩原と同じクラスだったから気が付かなかった。萩原が当たり前のように俺の傍にいてくれたから、こんなにも自分が人付き合いが苦手だなんて思いも寄らなかった。 ……俺ってけっこう、社会不適応者だったんだ……。 萩原と一緒に過ごす昼休みを除いては、俺はずっと大学では一人だった。寂しさを紛らわせるように俺は授業に没頭した。おかげで俺は、授業についていけなくなるかもしれないという不安を抱いたことはなかった。 ……萩原って、ほんとに奇特な男だよな……。 萩原ほどの男が俺のことが好きなんて、いまだに不思議だなあと感じることがある。俺なんて友達が一人も出来ない嫌われ者なのに、萩原だけはずっと俺のことを好きでいてくれる。萩原は頭も悪くないし姿かたちは完璧にカッコイイし性格は優しいし、めちゃめちゃイイ男だから男女問わずよくモテるのに、俺だけを選んでずっと俺を大切にしてくれている。 萩原に巡り会えてよかったと俺は思った。 「十夜、そろそろ大学にも慣れてきたし、一緒にどこかサークルにでも入らないか?」 「サークル?」 「ああ。十夜は人見知りが激しいからな。なかなか友人が出来ないと悩んでいるが、サークルに入ればすぐに出来るさ。俺も一緒にいるしさ」 ……俺って、人見知り激しいかな? 自分では意識していなかったけど、萩原がそう言うならそうなのかもしれない。 ……俺、人見知り激しいけど、萩原と一緒なら安心だな……。サークルでちゃんと友達出来るかなあ? 「うん。そうだね、入ろうか」 「じゃあ明日授業が終わったら、サークルの見学に行こう」 サークルかぁ……。いいな。楽しみ。サークル活動って、いかにも大学生活っぽいよね。明日、大学に行くのが待ち遠しい。 「十夜、俺が片付けている間、先にシャワー浴びてくれ」 「あ、うん。……で、そのぉ……」 シャワーの浴び方も、その後にえっちをするかどうかで大きく変わってくる。もしヤるんなら念入りに洗いたいしさ。 「十夜が嫌じゃなかったら、俺は十夜が欲しい」 俺の言いたいことを見こして、萩原はまっすぐ俺の目を見て男らしい口調で言った。目に欲望の色を浮べた萩原は、男の色気に溢れていてカッコよくて、俺は胸がきゅーんって締め付けられるような気がした。 「……嫌、じゃない……」 俺の返事に萩原はふわりと嬉しそうに笑った。そしてキス。唇を軽く触れ合わせているだけなのに、体の芯がじんわりと熱くなってくる。本格的に火がつく前に、俺はシャワーを浴びることにしたのだった。 俺がシャワーを浴び終えて出てくると、食器の後片付けを終えて、萩原は布団を敷いているところだった。一応は二組布団を用意してあるけど、俺たちは普段一組しか布団を使っていなかった。えっちをしないときでも、二人で抱き合って眠っていた。 「十夜……」 せつない声で俺の名を呼び、萩原は腰にタオルを一枚巻きつけただけの俺の体を抱きしめた。 ……あ。萩原の、汗の匂い……。 俺は萩原の首筋をぺろりと舐めた。汗のしょっぱい味が舌先に広がる。萩原はますます俺を抱く腕の力を強くした。腰に萩原の昂ぶりが触れるのを感じ、俺は頬を染めた。俺のモノもつられて硬さを増していく。 「十夜……すぐにシャワー浴びてくるから」 「浴びなくて、いい……」 俺が萩原の首に腕を回し耳たぶをそっと噛むと、切羽詰ったようすで萩原は俺を押し倒した。腰のタオルが剥ぎ取られ、俺だけ一糸纏わない姿になる。萩原はまだ服を身に付けたままだ。この状況はかなり恥ずかしいんだけど、さらに行為をねだるように、俺は足をゆるく開いた。萩原は俺の全身を熱い視線で舐めながら、手でゆっくりと愛撫していく。 「やぁんっ……萩原ぁ……」 俺の口から甘えるような声が漏れる。萩原の唇が俺の体を辿っていく。乳首を指で弄られ、体が震えるほど感じた。 「萩原ぁ……」 はしたなく内股を萩原にこすり付けると、萩原は俺に噛み付くようなキスをしてからいったん俺から体を離した。大きなバスタオルとコンドームと潤滑剤を手にして戻ってきて、俺への愛撫を再開する。萩原は俺のモノを口で咥えながら、潤滑剤をたっぷりと俺の中に塗りこめていった。 「あっ……ダメぇ……」 前と後ろを同時に刺激され、俺は強い快感に翻弄される。 射精の波が押し寄せもう少しでイクというところで、萩原が俺から口を離した。焦らしているというより今ここでイったら後が辛くなるという萩原の配慮だろう。 放出しそこなった熱が俺の体に跳ね返る。気が狂いそうだった。 俺は我慢できずに萩原のズボンのファスナーを下げ、中からすでに硬くなったモノを取り出した。こんな浅ましい姿を晒したら嫌われないかと不安になりながら、それでも欲望の命じるまま俺は萩原のモノに唇を寄せた。 「十夜、ダメだ」 萩原のモノを口に含もうとした俺の行動を、萩原は慌てて止めた。 「なんで? ヒドイ……」 俺は目を潤ませ、詰(なじ)るように萩原を見上げた。萩原だって、俺の舐めてたじゃん。俺だって萩原のこと、感じさせてあげたいのに……。 「今日はシャワー浴びなかったから、汚い」 「平気だもん」 確かにいつもと違ってきついオスの匂いがした。それでも構わず口に含む。濃い味に一瞬吐き気がしたが、俺はそれをやり過ごして萩原のモノに舌を絡めた。萩原のモノは簡単に反応してその大きさをさらに増した。 「口はいいから、十夜……」 萩原の声に促されて、俺は口唇での愛撫を止めた。萩原は熱いため息をつき、自分のペニスに避妊具をはめようとした。 「……萩原、今日は中で出して……」 「……いいのか?」 俺の言葉に萩原は手を止め、俺の顔をまじまじと覗き込んできた。俺は恥ずかしくなって顔を赤くした。後始末は面倒だけど、ナマで入れてもらったほうが、萩原がイった瞬間をしっかりと感じられて好きだった。 「うん。萩原のをいっぱい注いで欲しいの……」 萩原は俺の唇に優しくキスをした。そして俺に犬のポーズを取らせ、ゆっくりと侵入してきた。萩原はズボンの前だけを開いているだけの格好だ。服を脱いで欲しいと懇願するには、俺の体はもう限界に近かった。萩原が服を脱ぐ時間も惜しい。 萩原が俺の内壁を擦る。萩原に満たされる感触に、俺の背筋に甘い痺れが走る。 「ああんっ……」 背後に萩原の逞しい体を感じながら、俺は喘ぎ続けた。体を重ねるほど萩原はどんどん俺を悦ばせるのが上手くなっていく。萩原は俺をどろどろに溶かしてしまう。俺はもう身も心も、萩原なしじゃいられなくなってしまった。 「ひぃっ……ああっ……!」 繋がったまま体位を変えられ、俺は高い悲鳴を上げた。仰向けにされたかと思うと、そのまま体をひっぱりあげられた。萩原と向かい合って、萩原の上に座るような体勢だ。自分の体重で体が沈み、奥まで萩原が入ってくる。 「こうすれば十夜の顔がしっかり見られる」 萩原は俺の頬に唇を寄せながら、嬉しそうな口調で言った。感じている顔を見られるかと思うと、恥ずかしくて俺はちょっと泣いてしまった。 「……ばかぁ……」 「十夜、可愛い」 すぐ間近にある萩原の男前の笑顔に俺はどきどきした。でも、俺より萩原のほうが余裕があるみたいで悔しくて、俺は中の萩原をわざと締め付けてやった。締め付けるとリアルに萩原の形が感じられる。楽しくなってきゅうきゅう締めてたら、萩原に激しく動かれてしまった。下から容赦なく突き上げてきて、俺はそのたびに嬌声を上げた。 「あっ……ひぃっ……!」 「十夜、マジ可愛い……」 「あんっ……!」 俺の先端からは白濁した液がずっと流れっぱなしだ。萩原のシャツをどろどろに汚してしまう。しかしそれに構っている余裕はない。気持ちよすぎて、俺はもうわけの分からない状態になっていた。 萩原の下からの突き上げが止まり、中の萩原の強い脈動を感じた。内部がじんわりと濡れていく。萩原がイったのだ。愛しい男が自分の中でイったことに、俺は体だけじゃなく気持ちも満たされた。 「十夜、俺の十夜……。好きだ。ずっと離さない……」 「離さないでいて。俺も、好き……」 広げられたバスタオルの上に優しく降ろされる。萩原が抜いたとたん、内部からとろりと萩原の注いだものが溢れ出てきた。その感触に俺は顔を赤くした。 「やだっ……。恥ずかしい……見ちゃ……や……」 俺の恥ずかしい場所に萩原の視線がねっとりと絡みつく。萩原の指が、さきほどまで萩原を受け入れていた部分に触れる。 「あ……萩原……」 「十夜、もう一度……」 「うん……」 萩原が俺のゆっくりと覆いかぶさってくる。俺は萩原の背に腕を回した。そして、再び始まる灼熱の時間。 ……萩原、好き……。愛しい……俺の恋人……。 俺が萩原のものだというのなら、萩原だって俺のものだ。 ……この男は、俺のものだ……。 萩原の下で乱れながら、俺は沸きあがる独占欲に胸を焼かれていた。 「十夜、十夜……」 熱い声で俺の名を囁きながら、萩原は荒々しく動く。 もっと乱暴にしてくれて構わない。 もっと萩原を感じたい……。 今だってもう、気が狂いそうなほどだけど。それでも俺は際限なく萩原を求めてしまう。萩原という存在を、もっと自分の中に取り込みたくなる。 けれど体は気持ちについていかなくて、萩原が二度目の放出を迎えると、俺は疲労に逆らえずにそのまま寝入ってしまった。 ……あ〜あ。また萩原に後始末させちゃったよ……。 翌朝目を覚まして俺はため息を付いた。 体はべとついた感じがしなくて、萩原が拭いてくれたってことが分かる。アソコも萩原の手によって綺麗に洗われてて……めちゃめちゃ恥ずかしい。布団の中で、俺は裸でなくちゃんとパジャマも着せられていた。 萩原は俺に対して、涙が出そうなくらい献身的だ。俺ばかりが萩原から貰っているようでなんだか悔しい。俺だって萩原のために何かしたいのに……。 萩原はまだ俺の隣で眠り続けている。恋人の穏やかな寝顔に俺は頬を緩め、萩原を起こさないようにそっとキスをした。 ……ほんとはね、友達だって一人もいらないんだよ。萩原がずっとそばにいてくれるならね……。 萩原の体温を感じながら、俺はしみじみ幸せを噛み締めていたのだった。 おわり |