「もしかして優也は浮気しているのかもしれない」
部屋に入ってきたとたん、天城誠司(あまぎせいじ)は極めて真面目な顔でその言葉を口にした。 「………………………………………………はあ?」 父親の突然の言葉に、天城紗那(あまぎしゃな)は力いっぱい怪訝な顔をした。PCで調べ物をしていた最中だったのだが、一時中断し、椅子に座ったまま父親の顔をまじまじと見上げた。 この父の思考回路は理解しがたいときが多々あり、今回もなにゆえにこの発言が出てきたのか、紗那にはこれっぽっちも理解することは出来なかった。 冗談、という可能性もある。 真剣なときもふざけているときも誠司の表情は変わらないので始末に負えない。 床の上に正座する父にあわせ、紗那も正面に座った。部屋には大きめのベッドが置かれているため、大柄な二人が座ると窮屈な感じがした。 「……んな暇ねーだろ。四六時中一緒にいるんだからさ」 紗那は呆れた口調で言った。 高校卒業後、優也は誠司の秘書として働いていた。優也は迷っていたが誠司にあの手この手でとうとう陥落させられ、結局は誠司の意向に沿うことになった。よって、二人は公私ともに一緒にいることが多い。誠司の策略どおりである。 二人が離れている時間といえば、誠司が『外』で仕事をしているときぐらいだろうか。 もし優也に近づこうとする人間がいたら、優也よりもまず誠司が気づき、綺麗に排除してしまうはずだ。当の本人である優也に気づかれることもなく。 紗那は自分の父親が、恋人を寝取られるほど間抜けな男でないことをよく知っていた。 「つか、どうせオヤジ、根拠ねーだろ?」 「ある」 「なに?」 「最近、セックスさせてくれなくなった」 誠司は至極真面目な表情のまま、言い切った。 「…………」 紗那は一瞬、遠い目をした。 ・・・・・・俺、一応、嫁入り前の娘なんですけど・・・・・・。 そういうことを臆面もなく口にするのは間違っていると思うのだが、それを指摘できない程度に紗那は誠司に毒されていた。 優也は紗那の片思いの相手だ。 だから夜の生活の相談をされるのは、正直辛い。 しかし、誠司と優也の間でなにかが起こっているときに、蚊帳の外に出されるほうが、自分はもっと辛いと感じるに違いない。 ……まあ、別にいいけど。 紗那はすぐに立ち直った。 これぐらい図太い精神でなければ、天城誠司の娘なんてやってられない。 「……で、いつから?」 「三ヶ月前から」 「えええ!? そんなに前から????」 紗那は真剣に驚いた。放っておけば、朝から晩まで乳繰り合っているような二人だ。その二人が三ヶ月間セックスレスとは信じられない。 「……って、三ヶ月前、オヤジ、二ヶ月間の長期出張に出てたよな? さすがに危険だからって優也を置いていったから……。で、帰ってきてからもヤらせてくれないってことか!?」 「うむ。三ヶ月間、優也の中でイってない」 「でもそのわりに、切羽詰った感じしないけど?」 「しゃぶってはくれるから、出すものは出している。だが、体には触らせてくれないし見せてもくれない」 一方的に口での奉仕はしてくれるが、本番はさせてくれないということらしい。 ……これは一体どういうことかね? 紗那は考え込んでしまった。 「オヤジが出張に出てた間、なんかあったっつーことだよな……」 心変わりではないと思う。 優也が誠司にぞっこんなのははたから見ていて腹立たしいぐらい伝わってくるし、第一、優也は好きでもない男のアレを嬉々として咥える真似など絶対にしないだろう。また、浮気というのも優也の性格からしてあり得ない。儚げな外見をしているが、優也は勝気な性格をしている。もし誠司以外の人間を好きになったら、優也ははっきりとそう言うはずだ。 ……じゃあ、なんで優也はオヤジとのセックスを嫌がるんだ? …………………………………………………………………………。 ……………………………………………………………分からない。 …………………………………………これっぽっちも分からない。 「優也はなんて言ってるんだ? どうせオヤジのことだから、あらゆる手を使って理由を聞き出そうとしたんだろ?」 「それが、手強くてな。とにかくヤりたくないの一点張りでな」 誠司は額に手をやり、重い息をついた。 「……優也の心は、もう俺にはないのかもしれないな……」 悲壮、という言葉が良く似合う表情を誠司はしていた。いまだかつて、ここまで落ち込んでいる父親の姿を見たことがあっただろうか? 常に飄々とした態度を崩さず、なにがあっても平然としている父親が、優也の態度にこれほど揺れている。 あの天城誠司をここまで追い詰めることが出来るとは……恐るべし、美樹原優也! 「あ……二人とも、ここにいたんだ」 紗那と誠司が話し合っていたのは、紗那の部屋でだった。そこに噂の中心であった優也が、ふらりとやってきた。 優也は少し疲れた顔をしていた。顔色も心なしか悪い。 「あのさ、俺、しばらく実家に帰ろうと思うんだ・・・・・・」 「…………!」 優也の言葉に、誠司は声もなくショックを受けていた。父親はまったく頼りにならなかったので、代わりに紗那が事情を尋ねた。 「実家にって……なんでだ?」 「なんでって……お父さんに、家に顔を出せって言われてたし。新しいお母さんと新婚中だから遠慮してたけど、そろそろ遊びに行こうかなって」 「……そ、そっか。……で、しばらくってどれぐらい……」 「優也! ちゃんと戻ってきてくれるのか!?」 そのときの誠司の姿は、ものすごくカッコ悪かった。跪(ひざまず)いて優也の足元にすがり付き、まさに必死という表情をしていた。目にはちょっぴり涙がにじんでいるのかもしれない。娘である紗那は、父親の姿を見てなんだか哀しい気持ちになった。 出来れば見たくなかった。敬愛する父のこんな姿は。一生見たくなかった・・・・・・。 優也と誠司が裸で抱き合っているシーンを目撃しても、これほどショックは受けなかっただろう。紗那はがっくりと手を床に着いた。 少しぐらいなら、優也のことで動揺する父を見るのも悪くはないと思っている。けれどここまで情けない姿を見せられると・・・・・・。 紗那の目にもうっすらと涙がにじんでいた。 「ん? うん。やだなあ……。戻ってくるも何も、俺の居場所は誠司さんのそばだけでしょ? たまには父親孝行しようと思っただけだよ」 オーバーな誠司のリアクションに、優也は驚きながらも小さく笑った。 「そうか……」 誠司は露骨にほっとした顔をした。 「そうだよ。それに、会社にはちゃんと行くから毎日会えるしね」 困った人ね、と言わんばかりの表情で優也は誠司の頭を撫でた。誠司を見下ろす優也の顔は溢れんばかりの愛情に満ちていた。最初の頃は、優也が誠司に翻弄されていたが、最近は二人の力関係が変わってきているようだ。亭主関白のようで、カカア天下ってやつなのかもしれない。 「じゃあ、二人とも、今から行ってくるね」 「今から? こんな遅い時間にか?」 優也は片手にバックを持ち、すでに外出の用意を済ませていた。 しかし、なにもこんな時間に出かけなくてと、誠司は驚きの声を上げた。 「うん。ほんとはもっと早くに行くつもりだったんだけど、用意してたらこんな時間になっちゃって。でもまだ、ぎりぎりで終電に間に合うし……」 「いや、ダメだ。こんな時間に電車だなんて危ない! 車で送っていく」 誠司は優也の手から、小旅行用のカバンを奪いながら言った。 紗那も誠司の意見には賛成である。 優也はとにかく、美しい少年なのである。こんな遅い時間に出かけて、悪いやつらにかどわかされでもしたら大変だ。そのときの誠司のことを思うと、想像するだけで恐ろしい。優也に手を出したやつらは、地獄できっとそのことを後悔するだろう・・・・・・。 「え。でも、誠司さん仕事で疲れてるのに……。悪いよ……」 「悪くない。可愛いお前にもしものことがあったら大変だ。頼む、送らせてくれ」 誠司に強く頼まれ、優也はしぶしぶ承知した。 断るほうが面倒だと思ったのかもしれない。 「じゃあ紗那、またね」 「いってくる」 「ああ。いってらっしゃい」 二人が去って、紗那の部屋にはようやく静寂が戻ってきた。 ……なあにが、優也の心は、もう俺にはないのかもしれないな、だよ。期待させるなっつーの……。優也は変わらず、オヤジしか見てねぇじゃん。 優也にいまだ片想い中の紗那は、一瞬でも二人が別れることを期待してしまった。その自分の心の汚さに、紗那は深い溜息をついた。 ……俺も、まだまだだよな。 それにしても、優也が誠司に抱かれない理由はなんなのだろう。二人が深く愛し合っていることは、たった今、確認した。 ……まさか、オヤジの出張中に……他の男に……強姦された、とか……? あり得なさそうな話ではないだけに、紗那は自分の考えにぞっとした。潔癖なところのある優也は、他の男に抱かれた体で、誠司に抱かれたくないと思ったとか? あれほど魅力的な容姿をしているのだ。優也を強引にモノにしようとした不埒な輩(やから)がいたとしても不思議ではない。 ……そういや最近、優也のやつ、暗い表情で黙り込んでいることが多かったよな……。仕事が忙しかったみたいだから、疲れてるだけだと思ってたけど……。 優也はずっと、悩んでいたのだろうか。 他の男に汚された自分を、誠司が変わらず愛し続けてくれるかどうか? ……いや、まだ、そうと決まったわけじゃねぇよな。 紗那は必死で自分の考えを打ち消そうとする。だが、あの誠司にたいしてすら、隠し通している秘密なのだ。よほどのことに違いない。 紗那は不吉な考えを拭えないでいたのだった。 ……ううーん。そうだよねぇ。いい加減、変だと思うよねぇ……。 実は優也は、先ほどの誠司と紗那の会話を立ち聞きしていた。二人に気付かれないように気配を押し殺して二人の言葉を聞いていた優也は、自分が情けなくなってしまった。 ……何をやっているんだろう、俺は。好きな人を不安にさせて……。 簡単なことだ。何もかもを、誠司に打ち明ければいい。誠司だったら何を知っても変わらず自分を受け入れてくれるだろう。誠司のことは信じている。頭では分かっている。誠司は自分を見捨てたりしない。 でも、それでも、怖いと思ってしまう。怖くて、誠司にすべてをさらけ出すことが出来ないでいる。誠司の自分への愛情がこんなことでは揺るがないと知っているのに、それでも怖い。怖くて、たまらない。 ……でも、さ。いつまでも隠しておけるはずがないんだけどね。 優也は誠司に気付かれないようにそっと溜息をつく。 そして、顔の向きを変えて、じっくりと運転する誠司の横顔を眺める。 イイ男。 惚れた欲目は多分に入っているだろうけど、誠司以上にカッコイイ男なんて絶対にいないと思う。誠司の年齢は四捨五入すれば40になるが、にもかかわらず、外見はせいぜい20代後半にしか見えない。肉体的な衰えがないことも、優也はベッドの上やもしくは他の場所で、よく体に教え込まされていた。 「そんなにじっと見られると、顔に穴が開きそうだ」 「ゴメン。気が散った? イイ男だから見惚れてた」 「………………こら。そんな色っぽい顔してそんなことを言うんじゃない。股間に血が集まりそうだ」 「いいよ。そこの路地で車止めて。舐めたい」 人も車も通らなさそうな場所で誠司は車を止めた。 すぐに優也は誠司の足の間に顔を近づけた。布の上からやんわりと誠司を甘く噛む。ソレはすぐに反応して固くなった。優也は躊躇いなく誠司のズボンのファスナーを下げ、中から固くて熱いものを取り出した。先端からはすでに透明な汁を零している。親指の腹でぬめりを広げるように先を撫でると、誠司は気持ちよさそうな声で呻いた。 「後ろの口には入れさせてくれないのに、上の口には入れてくれるんだな」 「うん。コレ、なんかおいしそうだよね」 優也はくすくすと笑いながら、大きく口を開いて奥まで誠司のモノを咥えた。歯を立てないように気をつけ、唇で挟み込んで頭を上下に動かす。口中に生臭い匂いが広がる。いったん動きを止め、今度は舌で誠司の形を確認する。ちろちろと舌先で刺激すると、誠司のモノはさらに成長する。もうすぐ解放が近いのかもしれない。そのまま飲んでも良かったのだが、なんだかもったいなくて、優也は一度口を離した。 視覚で誠司の大きさを確認してみる。誠司のソレは唾液でぬらぬらと光っていていやらしかった。赤黒くて大きく太いイチモツはグロテスクなのだが、優也には可愛く思える。自分に良く懐いているからだろう。 「誠司さんのコレ、好きだな。だってめちゃめちゃ素直だもん。持ち主のほうがもっと好きだけど」 「……その、優也……。この状態で止められると、非常に辛いのだが?」 「はーい。そんじゃ、また、続き舐めるから、口の中にいっぱい出してね?」 今度は焦らさず、手と口で激しく愛撫し、誠司の奔流を零さず受け止める。軽く吸い上げ、最後の一滴まで搾り取る。 それでも物足りなくて萎えて小さくなったモノを舌先で転がしていると、ソレは再び成長し始める。 「ふふ。イイコ」 満足げに笑い、優也は先のほうにちゅっとキスをした。そして舌を大きく動かし、わざと音を立てて舐め上げる。車中にひちゃひちゃと濡れたいやらしい音が響く。 誠司は優也の好きにさせてくれた。だから思う存分、誠司を味わう。 ……あ〜あ。ほんとは、別の場所にも、コレ、欲しいんだけどね……。 念入りに誠司のモノを愛撫していると、優也の下半身もつられて熱くなりはじめた。 だが……。 「優也……やっぱり今日も、ダメなのか……?」 下半身を優也に預けたまま、誠司は情けない声で言った。フェラチオだけで物足りないと思っているのは優也だけではない。 優也の胸は罪悪感で疼く。 ……うーっ。俺だって、俺だって……! ……いっそばらしてしまおうか? ああ、でもそれも勇気が出ないし……。 「……ゴメン」 二回目の奔流を受け止め悄然(しょうぜん)とした態度で優也が謝ると、誠司は仕方がないなと言わんばかりの顔で笑い、優也の頭を撫でてくれた。 「キスはいいか?」 「うん。でも、今、口の中、せーえき臭いよ?」 「かまわん」 誠司は運転席から身を乗り出し、優也の唇にそっと唇で触れた。触れるだけのキスから徐々に深いものに変わっていく。優也は誠司の首に腕を回し、口中を甘く蹂躙されるのを受け入れた。 「ふっ……。あんっ……」 唇を離したとき、キスだけで体を蕩けさせられた優也は、甘い声を漏らした。誠司は悔しそうな顔をした。 「こんなに色っぽくて可愛いのに抱けないとは……」 「ゴメンナサイ……」 「……聞くのは怖いが。俺に、飽きたのか……?」 本当に恐る恐るという口調で誠司は言った。顔には不安の二文字がありありと浮かんでいる。誠司にも怖いものがあったのかと優也はびっくりした。いつもは飄々とした態度の男が、今は情けない顔で優也の顔を見つめている。 誠司にこんな顔をさせているのが自分かと思うと、申し訳ないなという気がしないこともないのだが、それよりも嬉しいという気持ちが勝っていた。 ……ああっ。もうっ。誠司さんたら激カワイイ!! 優也は内心で身悶えた。 「まっさかあ! 俺が誠司さんに飽きるわけないじゃない」 安心させてあげようと、優也は力いっぱい誠司の言葉を否定した。 「誰よりも好き。愛してる。……でも、もうちょっとだけ待って。そうしたら……ちゃんと全部、打ち明けるから」 「分かった。可愛いお前の頼みだ。いつまでも待とう」 優也はにっこりと笑い、誠司の頬に軽くキスをした。 「………………………………………………………優也」 「ん? 何?」 「SEX解禁になったら三日三晩はめっぱなしだからな。覚悟しとけ」 「………………………………………………………は〜い」 キビシーと思いつつ、期待してしまう自分が怖い……。 誠司は優也の額にキスをしてから、ようやく車をスタートさせた。 「……という訳なんだ」 紗那は一連の出来事を親友の雨角零(うずみれい)に相談していた。零は神妙な顔で紗那の話を聞いていた。 「強姦、ねぇ。それはないと思うぜ」 零はあっさりと紗那の推理を否定した。 「そりゃ証拠があるわけじゃないけど。なんでそう断言出来るんだよ?」 「優也ちゃんは可愛いからな。他の男に狙われてもおかしくない。実際、所長のお手つきだと知っていても、懸想(けそう)する男は後を絶たない。その中で殺されてもいいから、一発ぐらいお手合わせしたいって輩(やから)がいるかも知れないな」 「だったら……」 「けどな。優也ちゃんは自分が目を惹く容姿だということを自覚している。無意識だか意識的だか知らんが、付け入る隙を与えないんだ。紗那、お前は惚れた欲目で分からないかもしれないが、優也ちゃんは結構強(したた)かな性格だぞ。自分の魅力を分かっていて、それを利用する術を心得ている」 「うーん……。そっかあ……?」 「そーなの。なかなかイイ性格だぜ?」 紗那の持つ優也のイメージは、ひ弱な庇護すべき存在で、強かさなど微塵も感じない。 だが、零がそう言うのならそうなのだろう。自分の感情が判断力を鈍らせていることを紗那は自覚しているし、なにより親友である零の観察眼を信頼していた。紗那も人を見抜く目には自信があるが、零ほどではない。零は大胆さに欠けるきらいがあるが、代わりに何事においても紗那より慎重で、石橋を叩いて渡るような所があった。 紗那が動とすれば零は静。 人間観察力は零のほうが優れている。 ……ま、でも、俺の不吉な予想がはずれて良かったよ。俺でさえ手を出せないでいるのに、他の男に犯されたんじゃあたまらねぇよ。 紗那はほっと胸を撫で下ろした。 「……じゃあ、SEXを嫌がる理由って、他に何かあるか?」 「嫌がるっつっても、フェラはOKなんだよな。全部ダメっつーんなら、単純に心変わりって考えるんだけどな」 「……心変わりは絶対無いよ」 紗那の寂しげな口調に気がつき、零は紗那の頭を撫でてくれた。零は優也に片想いしている紗那の気持ちを知っていた。それに、どれほど紗那が父親を敬愛しているのかも。 恋が叶わないだけでなく、父親をとられてしまったような子供っぽい独占欲からくる寂しさもあって、なおさら紗那は辛いのだった。 「紗那、お前もさ、バカだよな。俺の気持ちを受け入れていれば、今頃、幸せだったんだぜ?」 零は軽く笑いながら言った。以前、零は紗那に恋人になれと迫っていたのだ。零は、外見は男にしか見えない紗那を、女として愛してくれていた。 紗那も笑って言葉を返した。 「ふん。現在新婚生活真っ盛りの人に言われたくないね。んなこと言ってると旦那が怒るぜ?」 「…………ちょい待て。俺はあの人の気持ちを受け入れた記憶なんざねぇよ」 紗那の言葉に、零は焦った顔をした。 「え!? マジで? 零も粘るねぇ」 紗那はからからと笑った。 零は元・主で激しい求愛を受けていた。とっくに落とされたと思っていたのだが、零はまだラザスダグラの想いを受け入れてはいないらしい。 零はかつて、神々の住まう天界にいたころ、四王の一人であるラザスダグラの愛人だった。幼いころから手塩をかけて育てられ、零はリインと呼ばれ、王の寵愛を一身に受けていた。 しかし、寵姫の身分でありながら別の男に恋したリインは、その男を追ってこの世界に来たのだ。 リインが主を裏切ってまで手に入れたいと思った相手は、グレス=ファディルの養い子であるデュアン=デュラン。つまり、紗那のことだった。 だが紗那は、零の想いに応えることは出来なかった。紗那が望んだのは友人としての零であり、恋人としての零ではなかった。 「粘るも何も、俺はあの男のモノになる気なんかねぇんだよ!!」 零はムキになって反論してきた。 こーゆーところが、零は可愛いんだよなと、紗那は思った。 「あっはっは。無理しちゃってぇ。いいじゃん、可愛がってもらえば。あのヒト、えっち上手そうだしさ」 「ああ、そうだよ。あのヒトはめさめさ上手いよっ。この体のときじゃ抱かれたことないけど、んなこと愛人だった俺が知らないわけないだろ? けどなあ、体が良くたって心が良くなきゃ意味ねぇだろが!?」 「心、ねぇ。そーいえば、俺、最近、零ちゃんに口説かれた記憶、ないんですけど? 今現在、零ちゃんの心はどこにあるんでしょうねぇ?」 ニヤニヤと笑いながら、紗那は言った。 紗那の言葉に零は不機嫌そうな顔で黙り込んだ。せっかく相談に乗ってくれた友人を苛めすぎたかと、紗那は少々反省した。だから素直に謝った。 「……ごめん」 「……俺、紗那のこと、本気で好きだったんだぜ? 天界にいたときから好きで、こっちで出会ったときも記憶なんざなかったのに、知らないうちに同じように惹かれていった。俺はお前という存在にずっと憧れていた」 「うん。ありがとう」 紗那は穏やかな顔で笑った。零は小さくため息をついた。 「なあ。……紗那はどうして俺を選ばなかった? 俺はお前に振り向いてもらうため、結構努力したと思うんだけどな……」 零の言葉はけして自惚れではない。 確かに零は、自分を磨くための努力を怠らなかった。 武術や銃器の使用方法など必要な知識を貪欲に身につけ、厳しい訓練にも耐え、零は一流の戦士になった。零は紗那の傍らに居続けるために、まさに血のにじむような努力で自分の力を磨き上げたのだ。 接近戦では紗那が有利でも、遠方からの射撃は零が勝る。総合的な能力を競えば、おそらく互角な二人だった。 「ううーん、そうだなあ。俺が選ばなかったんじゃなくて、零が俺に選択肢を与えたんだと思うよ」 「選択肢?」 「そう。友人か恋人か。恋人しか選びようがなかったら、俺は迷わずお前の恋人になった。俺にとって零は必要な存在だからな。ずっと、一緒にいて欲しい存在。けれど、友人としての選択肢もあったから、俺はそっちを選んだ」 「……んだよ。俺が悪いってか?」 「悪いってのとは違うだろ。零は優しいから、自分の望みより、俺の望みを優先してくれたってことさ」 零は釈然としない顔をしていた。紗那は友人の顔を見てくすりと笑った。 「零、俺は多分、お前が思っているより、お前のことを大切に思ってる。この世の中でお前の幸せを一番に願っているのは俺だって自負してる。恋人になったって、別に良かったんだ。でもな、俺は守ったり守られたりするんじゃなくて、お前とは並んで歩きたいって思ったのさ」 「恋人同士でも、並んで歩けるだろ」 憮然とした口調で零は言った。納得しかねているようだった。 「ふふん。零、お前、自分のことあんまり分かってないな? お前はさ、傍にいる人間を癒しちゃうんだよ。世の中にはいろんな優しさの種類があるけど、お前はそーゆータイプ」 「……で、それのどこがいかんのよ?」 「別に、いけなくはないし、癒されたくない人間なんかいないから、俺も零の傍にいるのは気持ちイイよ」 「だったら、どうして」 「恋人同士になったら、お前、俺のこと全力で癒しちゃうだろ? そうするとさ、俺、一人で歩けなくなさそうで、怖いんだよね。全身で寄りかかって甘えちゃいそうで。だから、友人って立場のほうが俺にとっちゃ丁度いいスタンス。そこそこ甘えられて、でもライバル、みたいな」 「……俺って、過保護すぎってこと?」 「そうとも言う。今だってお前、俺に甘いじゃん? 恋人同士になったら、お前、きっともっと俺のこと大切にしちゃうぜ。んで、俺はお前に甘えちゃう。お前、俺を甘やかすの得意だし」 零は難しい顔で黙り込んだ。 「ま、零がどうしてもっつーんなら、友達止めて、恋人になる? 以前はお前が俺に選ばせてくれたからな。今度はお前に選ばせてやるよ」 以前の零なら迷いなく、恋人になると言っただろう。だが今は、ますます難しい顔をして、ひたすら黙り込んでいる。 紗那は友人の気持ちが手に取るように分かって、くすくすと笑った。 ……か〜わいいヤツ。 「零、キスしようぜ」 零は驚いて顔を上げた。紗那は呆然としている零のおとがいを掴み、顔を寄せた。 そして、静かに零の唇に触れた。ほんの数秒の、触れるだけのキス。 嫌悪感はない。だが、胸のときめきももちろんない。 激励のための口付けだ。 「紗那〜。お前はなあ……」 零は真っ赤な顔をして、唇に手の甲を押し当てた。 「今ので分かっただろ?」 「何がだよ!?」 「いろんなこと」 「………………」 零は顔を赤くしたまま再び沈黙した。 頭もいいし、鈍い人間ではない。今のキスの意味に、零は気がついたのだろう。 「お前を一番必要としている人のところにいけよ。それがお前の幸福だよ」 ……ちょっとどころか、俺はものすごく寂しいけどな。 紗那は心の中で、そっと言葉を付け足たしたのだった。 「ただいま〜」 実家には結局、二週間ばかりいた。父親に熱心に引き止められたためと、なかなか決心がつかなかったからだ。 でも、誠司とこれからもずっと一緒にいたいのなら隠しておける問題でもない。誠司がどんな反応をするのか怖い気がするが、まさか愛想を尽かされるということはないだろう。ないと信じたい。 「あれ? 優也、オヤジと一緒に帰ってきたんじゃねぇの?」 優也が帰宅したのを知って、エプロン姿の紗那が台所から顔を出した。夕飯の支度をしていた最中だったらしい。 「……え?」 「なんだ?」 「紗那、髪、切っちゃったの!?」 なんと驚いたことに、腰まであった紗那の髪はばっさり短く切り落とされていた。以前からカッコイイ男としか思えない外見だったが、髪を短くしてますますその傾向が強まった。 あらわになった襟足のあたりが艶っぽくて優也はちょっとどきりとした。 紗那はカッコよくて綺麗だ。中身も外見も。 優也が惚れているのは誠司だが、紗那にも別な意味で惹かれている。人が美しい芸術品に感動するように、ときどきその存在の美しさに優也は感動してしまう。 「ああ。似合う?」 「うん。似合う。カッコイイ。でも……なんで?」 どうして急に髪を切る気になったのだろう? 新しい髪形も似合うけど、あんなに髪を綺麗に伸ばしていたのにもったいない。 優也は首を傾げた。 「んー。ちょっとした願掛け」 「どんな?」 「親友が幸せになりますようにってね」 「親友って、零さん?」 「まあね。……あいつはさ、自分の幸せより他人の幸せばっかり気に掛けるようなヤツだから。俺ぐらいはあいつの幸福、しっかり祈ってやんなきゃね」 「……ふうん」 紗那と零の関係は、羨ましいと思う。二人の会話ははたから聞いていて、いかにも息の合った者同士のそれで。互いに互いの力を認め合い、信頼し合っているのがよく分かる。 二人一緒にいるのは本当にお似合いなので、二人が恋人同士の関係にならないことが、優也は不思議だった。 ……紗那と零さんが上手くいったら、お兄様は失恋しちゃうわけなんだけどさ。 「ほんとは零には、カワイイお嫁さんを貰って欲しかったんだがしょうがねぇよな。どうやら零の幸せは、あの男のそばにあるらしいからな」 「……ねぇ、どうして紗那は零さんの気持ち受け入れなかったの?」 ここぞとばかりに、優也は気になっていたことを聞いてみた。優也の質問に、紗那は難しい顔で黙り込んでしまった。好奇心のままに出すぎたことを聞いてしまったかと優也は不安になった。 「……一番の理由は、俺があいつを幸せにする自信がなかったからかな」 「えー? そうかなあ? 零さん、あんなに紗那のことが好きだったんだから、一緒にいるだけで幸せになれるんじゃないかなあ?」 優也は誠司が好きだ。だから一緒にいられればいられるほど自分は幸福だ。 紗那たちは違うのだろうか? 幸せって、そんなに難しいことなのだろうか? 「俺じゃあ、あいつの渇きは癒せない。あの男ぐらいしつこいのが丁度いいんだろう。零にはな」 「渇き?」 「優也、木が育つのには水が必要だよな」 「うん、まあね。あと太陽と空気と栄養」 ……どうして突然、植物の話題? 脈絡のない話の転換に優也は戸惑う。 「俺、空気ぐらいにはなれると思うけど、他のは無理だなって思うんだよね」 なるほど。比喩だったわけだ。 「お兄様ならなれるって紗那は思うの?」 「あの男、零のためなら地球にもなれそうだからな。俺には無理だ。いくら好きな人間のためでも自分を曲げることはできねぇよ」 「……そっか」 なんとなく、優也は分かった気がした。紗那が零とは友人のままでいたいと願った理由が。 ほんとうに、なんとなくだけど。 「優也、会いたかった!」 寝室にいた優也に、夜遅くに帰ってきた誠司は嬉しそうに抱きついてきた。あまりにもきつく抱きしめられて呼吸が苦しい。優也は誠司の体をやんわりと押しのけた。 「会いたかったって……あのねぇ、今日も会社で会ってたじゃん……」 優也は誠司の秘書だ。今までだって夜は実家に帰っていたものの、会社では毎日顔を合わせていた。誠司が欲求不満だと駄々をこねるので、お恥ずかしながら役員室で、何度も誠司のモノを上の口で咥えてやった。 ……今日だって咥えてあげたじゃんよぅ。 「で、優也。今日は……いいか?」 いいか、というのは、セックスしてもいいかということなのだろう。それを問う誠司の顔は、ご主人様からのご褒美を待つ犬のようだった。 「……その前に、俺、誠司さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」 優也は少し緊張している自分に気が付いた。大丈夫だと思っていても、怖いという気持ちが拭えない。 「なんだ?」 「その、体の、ことなんだけど……。ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」 百聞は一見にしかずと思い、優也は問題の部分を誠司に直接見てもらうことにする。服を一枚一枚脱いでいると、誠司が飛びついて来そうな気配を感じた。 「誠司さん、待て! 俺がいいって言うまで、そこに立ってて」 「……優也、俺は犬か……?」 誠司はちょっと情けない顔をしながら、それでも優也の言いつけどおり大人しく待っていた。 シャツを一枚だけ着たままで、優也はベッドの上に座った。そして両膝を立て思い切って足を限界まで開いた。 「……! これは……」 誠司は驚きの声を上げ、優也の股間に顔を近づけた。敏感な部分に誠司の息遣いを感じ、優也は頬を染めて視線を宙に泳がせた。 「誠司さんが出張してたとき……その、下腹部がむずむずして熱くて痛くて……変だなって思ってたんだけど……気が付いたら……」 ペニスから肛門にかけての部分。 男だったらただ平らなはずの部分に、驚くべきことに……何故か、ソコには、『穴』が存在していた。 優也の項垂れた男性器のすぐ下にある、あるはずのない裂け目。優也は、最初は指で触れてその存在を確かめ、次は鏡を使って確かめた。 ………………………………………………………………。 ないはずのものが存在し、優也は一瞬頭を真っ白にした。 ……コレはひょっとして女性器というやつだろうか? ……なんで、どうして? どうして俺の体、こんなになっちゃったの……??? 優也は自分の肉体の変化に怯え、ずっと悩んでいた。 この奇妙な体を誠司の目に晒す勇気がなくて、裸で抱き合うことを拒んできた。最愛の恋人の目に自分の体がどのように映っているのか優也は不安だった。誠司がわずかでも嫌悪感を示せば、自分はその場で舌を噛んで死のうと思った。 「優也」 「……なに?」 誠司はどう思っただろう。優也は緊張に顔をこわばらせて誠司の言葉を待った。 「入れていいか?」 「…………………………………………はい?」 ……入れてって、入れるって、もしや…………。 ………………………………………………………。 ………………………………………ちょっと待て。 ……コレ見てアンタ、言うことはそれかいっ!!!! 「あのねぇ、俺は男なの。男なのにこんなになってたら変だろ? おかしいだろ!? おかしいと思えよ!!」 ……頼むから、思ってくれ〜!!!! そもそもこんな得体の知れない『穴』に、よく突っ込もうという気になれるものだ。自分の体の一部だというのに、優也は気持ち悪くて極力触らないようにしていた。 「いや、だが、思わず入れたくなるような穴だろう?」 「ひゃっ!」 誠司はいきなり指を二本入れてきた。ぐりぐりと中を掻き回され、熱くて痛くて優也は目に涙を滲ませた。 「やだっ! そんな乱暴に触るなよ……」 「濡れてきたな」 感心したように呟くと、誠司は自分のズボンのファスナーを下げ、中から猛ったモノを取り出した。 ……………………ま、ま、ま、まさかっ! 「せ、誠司さん……本気で、ヤる気なの?」 「本気」 誠司は優也の右足を肩に乗せると、先端をソコに押し当ててきた。誠司の本気を悟って優也は怯えた。逃げようにも誠司が右足をしっかり掴んでいるため逃げられない。 「やだ。ほんとにやだ。お願い、入れないで。お願い……」 泣きながら優也は懇願した。恐怖のあまり体が震える。 後ろの穴ならともかく、ココを使って繋がるのはイヤだった。 「お願いだから……。い、いつもみたいに、後ろですればいいじゃん……」 「大丈夫だ、優也」 誠司は自信満々に答えた。 「…………………」 ……大丈夫だって? 大丈夫だって!? なにがどう大丈夫なのさっ。どうせ根拠なんかないくせにーっ!!! 「俺、マジでやだからな! 入れたら別れるからな!!」 「……優也、この状況でやめろと言うのか? お前は鬼か?」 「どっちが鬼だよ! 俺のこと愛してるならやめろ!! マジでこええんだよっ!!!」 「優也のことは愛しているが、入れたい」 「………………」 優也が無言で睨みつけると、誠司は軽くため息をついた。 「やれやれ。ワガママなカワイコちゃんめ」 「……………………今のはワガママなの?」 ワガママと言われ、優也は納得がいかなかった。 身を起こして誠司が服を脱ぎ始めたので、優也もシャツを脱いで全裸になった。誠司のぬくもりを感じて裸で抱き合うのは好きだ。考えてみれば誠司と生まれたままの姿で触れ合うのはずいぶんと久しぶりだ。 服を脱ぎ終えベッドにもぐりこんできた誠司に、優也は自分から抱きついた。逞しい腕に強く抱きしめられ、優也は幸福感と安堵感に包まれた。 「優也」 「ん?」 「ちょっとだけでも、ダメか?」 「…………………………………」 どうやら誠司はまだ諦めていなかったらしい。優也はむっとした顔で誠司を睨んだ。 「じゃあ指だけ、な」 優也がいいと言う前に、誠司は優也の足の間に手を差し入れ、再び指を潜り込ませてきた。優也の上唇を挟むようにキスしながら、誠司はゆっくりと指を動かす。さきほどと違って優しい愛撫に、優也の体の奥からじわりと快感が湧き上がってくる。 「んっ……」 「優也、気持ちよさそうだな」 ――くちゅ……くちゅ……。 濡れた音が耳に届く。 いくら弄っても濡れない後ろと違って誠司が触れば触るほど、ソコは蜜を溢れさせた。ペニスからも透明な液を流しているので優也の下半身はすでにぐっしょりと濡れていた。 「優也、ちょっとだけ試しに入れてみないか?」 「やだよ」 優也は即座に断った。だが、さきほどよりも否定の言葉に力がなくなってきていることは、誠司にも気付かれてしまったはずだ。 「痛かったらすぐ抜くから。な?」 「……………………………………」 「優也〜。な、ちょっとだけ、な?」 誠司は指を引き抜き、優也の未知の蜜壷の入り口に、硬くなったモノを押し当てた。入ってはこないが未練たらしく、優也のソコに先端を擦り付けてくる。 「1cm。まずは1cmだけ」 機嫌を取るように優也の顔に優しいキスを降らせながら、誠司はみみっちく交渉してきた。 「………………………………」 「優也〜。俺を愛しているなら妥協してくれ」 「…………だから、いつもみたいに、後ろでヤればいいじゃん」 「後ろでもヤりたいが、今はどーしてもこの穴に俺は入れてみたい」 「………………………………」 「じゃあ0.5cm! それでもダメか?」 優也は悩んだ。 指で弄られるのは気持ちがよかった。だが、誠司のあの太くて硬いイチモツを受け入れるのは、ものすごく怖い。自分の体が壊れてしまいそうな気がして、怖くてたまらない。 しかし好きな男にここまで懇願されて、それをあっさり退けられるほど優也は情の薄い人間ではない。なによりこれ以上誠司に情けない顔をさせたくはなかった。 「…………ゆっくり、優しく入れること。あと、俺がヤメロッてって言ったらすぐに抜くこと。いい?」 「いい」 誠司はにっこりと嬉しそうに笑った。表情に乏しい誠司が、こんなに力いっぱい笑うのは珍しい。 恋人の笑顔に優也は胸をどきどきさせた。 「あ、でも、コンドームはちゃんとしてよ。そのまま入れないで」 「…………………………え?」 優也の言葉を聞いた瞬間、誠司はものすご〜く哀しそうな顔をした。 「…………………………分かったよ。いいよ、ナマのままで」 「よし。じゃあ、入れるぞ」 誠司は妙に嬉しそうなようすで、優也の中に身を沈めてきた。 「優也、平気か?」 「ん……へーき……」 約束したとおり、誠司はじりじりと体を進めてきた。 「全部入った。動くぞ」 「…………うん」 優也は誠司の首の後ろにしっかりと腕を回し、しがみついた。入れられるのは思ったより痛くはなかった。ただ、内部が、燃えるように熱かった。 優也のようすを気遣いながら、誠司は緩やかなテンポで腰を動かした。 「ふっ……あんっ……」 「優也、イイか?」 「……ん……イイ……もっと……」 誠司の大きさになれると穏やかな刺激では満足できなくなってきた。 ……イイ……すげぇ、イイ……。いつもより、イイかも……。 後ろでも十分快感を得ることはできていたけど。 でもそれより……もっと熱くて・・・・・・頭の芯が、甘く痺れる・・・・・・。 「もっと、もっと……動いて……!」 焦らさず誠司は優也の願いを叶えた。いつもと同じように激しく灼熱の棒で優也の中を掻き乱した。 内壁を擦られ、腹の間にあるペニスも誠司が動くたびに同時に刺激され、どろどろに蕩けてしまいそうな快感だった。 「あっ……ああっ……あ―――っ!!」 悲鳴を上げて優也は先端から白濁した液を飛ばした。しかし、内部ではまだ誠司が動いているため、優也のエクスタシーはまだ終わらなかった。 「ひぃっ……ダメ! 死んじゃう! ダメェっ!!」 ……よすぎて、ヘンっ! 「出すぞ」 「ダメ! 中で出さないで! イヤ!!」 このままの状態で射精する気の誠司に優也は慌てた。こんな得体の知れない場所に、精液を流し込んで欲しくない。 「だめだ。出す」 「いやぁっ。出さないで! 中はイヤっ!!!」 「お前が可愛すぎるのがいけない」 勝手なことを言いながら、誠司は優也の中で射精した。 ――ビシュッ……ドクドクドクドク……。 体の奥が生暖かいもので満たされるのを感じる。出すなといったのにもかかわらず中出しされて、優也は目に涙を滲ませた。 「ひ、ひどいっ……。中で出すなんて、ひどい……。誠司さんのばかああっ!」 「すまない」 誠司は労わるように、手のひらで優也の体を優しく撫でた。しかしすまないと言いながら、誠司が優也から出て行く気配はない。 「もう、ヤダ。もう今日はお終い。抜いてよ〜」 目を潤ませながら優也は言った。快楽の波が去ると初めて使われたばかりのソコは、酷使されてヒリリとしていた。 「無茶を言うな。たった一度で終われるか」 「無茶じゃない! 一回やったんだからイイじゃんっ。いいからさっさと抜いて!」 まだ物足りない誠司は、懐柔するように優也の体を丁寧に愛撫し始めた。腹の間にある優也の中心を扱きながら、優也の唇を甘く吸う。ときおり耳元で「愛してる、優也。カワイイよ」と囁くことも忘れない。 絶対に許すものかーっ! と思っていた優也だが、ゆっくりと誠司に溶かされ、やがて陥落した。 「〜〜〜〜」 眉間に皺を寄せ不機嫌な表情のまま、優也は誠司の体に腕を回した。 ……このくそったれのエロジジイめっ!! 優也の許しを得て誠司は腰を動かし始めた。中のモノはすでに硬く充実している。 ずんずんと容赦なく突き上げられ、ベッドが激しく軋む。抜けそうになるぎりぎりまで腰を引き、一気に最奥まで突き入れてくる。そのたびに淫らな濡れた音が耳を打つ。 「あっ……!」 再び誠司の体液を注がれるのを感じながら、優也も逐情する。二回続けて優也の中でイき、ようやく誠司は優也から体を離した。 これで終わりかと優也は荒い呼吸をしながら安堵した。 「……な、なに……?」 誠司は優也の足を大きく広げさせ、たった今まで誠司を受け入れていた部分をじっくり眺めていた。茂みを掻き分け指を使って押し広げ、中をじっくり覗き込んでいる。 「たっぷり濡れてるな。どうりで動きやすかったはずだ」 「そんなヘンなとこ、覗くな!」 「どうしてだ? ピクピクしていて可愛いぞ」 優也のペニスに舌を這わせながら、誠司は中の精液を掻き出すように指を動かした。掻き出したそれを、誠司は今度は後ろの穴に塗りつけた。何度も誠司を受け入れたことのあるソコは、簡単に誠司の指を飲み込んだ。 「ああんっ……イイ……」 性器を口に含まれ後ろを指で刺激され、ベッドの上で優也は乱れた。慣れた行為なので安心して感じることが出来る。 「も、出る……」 優也は誠司の口に押し付けるように腰を突き出し、胴を震わせ達した。誠司は当然のように優也の体液を飲み下した。管の中も吸いだされ丁寧に清められ、優也は満足そうに甘い息を吐いた。 自らうつ伏せになり、膝を立てて誠司に尻を突き出すような格好を取る。 「ねぇ、はやくぅ。ココにずっと誠司さんの欲しかったんだから……」 自分のアヌスの入り口を指でなぞり、優也は誘うように腰を揺らした。 ずっとセックスなしで欲求不満気味だったのは誠司だけではない。自分のせいで我慢させておくのも可哀相で、誠司のモノは上の口で可愛がってあげた。だが優也は自分の体の変化が恐ろしく、自慰行為すらしていなかった。 誠司よりもむしろ優也のほうが、よっぽど溜まっていた。誠司に秘密を打ち明けたことで安心した優也は、待ち望んでいた場所に誠司の逞しい肉棒を受け入れたかった。 「こっちのほうは積極的なんだな」 コンドームを装着してから誠司は優也の腰を掴んで、強引に腰を進めてきた。 「あふぅんっ……だってぇ……」 久しぶりの誠司の感触に脳が痺れる。後ろの穴のほうがキツイらしく、ぎゅぎゅと誠司を圧迫しているのが分かる。リアルに誠司を感じて優也は思わずにんまり笑ってしまった。 ……うう〜。たまんないっ! やっぱこっちのほうがいいかも!! 誠司の律動に合わせて優也は腰を振る。髪を乱して快感を貪る。 ……気持ちイイ! 「もっと……もっとぉ……ソコ、イイ……んっ……」 解放は誠司のほうが早く、これからというときに熱を失い優也は不満そうな顔をした。 「誠司さん、早いっ!」 「…………すまん」 「すぐ元気になるイイコだから、許してあげるけどね」 優也はにっこり笑い、誠司を仰向けにしてその上に跨(またが)った。騎乗位は優也が二番目か三番目に好きな体位だ。誠司を支配しているようで、征服欲が満たされる。 ……この人は、俺だけのものだ。 その考えに恍惚としながら、優也は腰を下ろす。力を取り戻した誠司を自ら中に取り込んでいく。 「誠司さん、好き……」 誠司の逞しさにうっとりしながら、優也は激しく腰を上下させた。好きな男が感じているさまを見下ろしながら動くのは楽しい。誠司がいきそうになると、優也は腰の動きをわざと緩めた。 「だ・あ・め。まだイっちゃイヤ」 優也はくすくす笑いながら、下半身をつなげた状態で誠司の唇に軽くキスをした。 誠司によって処女を奪われたばかりのソコも、大量の蜜を溢れさせている。誠司の腹の辺りを濡らす愛液を指で掬い取り、優也はその指を誠司に咥えさせた。誠司は逆らわず、大人しく優也の指を吸った。 「もう、誠司さんてば、カワイイっ」 優也は腰をくねらせながら、指で誠司の口中を犯した。 「誠司さん、好き。好き好き、大好き!」 「俺も好きだ。優也、愛してる」 優也の指先に口付けながら、誠司は甘く囁く。そして優也の動きに合わせて、下から激しく突き上げてきた。 「んっ……あんっ……あっ………」 優也は心ゆくまま誠司の精を搾り取った。 恐ろしいことに最後に音を上げたのは、優也ではなく誠司だった……。 「ふぅん、なるほどねぇ。新しい穴も出来て、セックススタイルが増えて良かったんじゃねぇの?」 紗那にも心配を掛けてしまったので、優也は紗那にもなにがあったのか報告した。優也から事の顛末を聞いた紗那はあっさりと言った。 「そんな簡単に……。誠司さんといい紗那といい、その反応はヘンだよっ!」 「別にそれで困ってることってないんだろ? だったらいいじゃん」 「……そういう問題なのか……?」 何かが違う、と優也は思った。 「ま、あのオヤジにまっとうな反応を期待するのは無駄だと思うぜ。あの人、俺が髪切ったことにも気が付かないくらいだしな……」 紗那は遠い目をして言った。 「えっ! だって紗那、腰まであった髪をばっさり切ったじゃん! 気が付かないなんてことあるわけ!?」 「あるみたいだな。オヤジにとって、俺はその程度の存在だったのかと思うと俺は正直ショックだったぜ……」 紗那は本当に落ち込んでいるようだった。自分よりはるかに大人だと思っていた紗那が、父親の言動に少なからず傷ついている。不謹慎にもそんな紗那が可愛いと思ってしまった。 誠司の前では、紗那も一人の子供にしか過ぎないのだ。 「でも恋人の体の変化を見ても微塵の動揺もしなかった人だから、ただ単に感性が俺たちとはかけ離れているだけだと思うよ」 「だよな……。俺、あの人と二十年付き合ってるのに、ときどき見失っちゃうんだよな……。俺もまだまだだよな」 紗那は自嘲した。 「全部付いていけちゃうってのも、すごく問題だと思うよ。俺、紗那にはそのままでいて欲しいな。紗那まであんなだったら俺、この家で生きていけないよ」 優也は真面目な顔で言った。紗那は優也にとって、オアシス的存在なのだ。 「……ありがとう」 紗那はちょっと照れた顔で微笑んだのだった。 一方、誠司も優也の体の変化について、最近出来た友人に相談をしていた。 誠司の言葉に静かに耳を傾けているのはかつての同僚、四王の一人でもあるラザスダグラだ。彼は天主であるアルザールの第一子でもある。そして今は雨角奨(うずみしょう)と名乗って人の世界で暮らしている。 思慮深く叡智(えいち)に長けた奨は、誠司のいい相談相手だった。 「アレは『ユリナ』の魂を持っている。ユリナの性別は女だ。それが影響したのだろう。そう珍しいことでもないな」 「放っておいても大丈夫か?」 「問題ない。どのみちこちらから打つ手はない」 「そうか」 奨が問題ないと言うのならそうなのだろう。驚きはしなかったが少しは心配していた誠司は確証を得て安心した。 「もしかしたら、天に戻るときが近づいてきているのかもしれないな。父上もそろそろ引退を望んでいるようだ。次代の天主であるグレス=ファディルと、その妻であるユリナ呼び戻すため、なんらかの干渉をしているということも考えられる。父上がその気になれば、その気配を察することは我々には不可能だからな」 穏やかな表情のまま、奨はグレス=ファディルが次代の天主であることを認めた。そこにはわずかなわだかまりも感じることは出来なかった。それは、ラザスダグラが長年抱いていた己の父親への劣等感を、払拭した証拠に他ならなかった。 彼は今、自分にとってなにが一番大切で必要か、よく理解していた。 それ以外のことは、彼にとっては些少な出来ごとにしか過ぎなくなっていた。 「アルザール・・・・・・。あの男なら、たしかになにをしでかしてもおかしくはないな」 人を食ったような天主の表情を思い出し、誠司は溜息をついた。 天に戻るときが近づいていると知れば、優也は泣くだろうか。現世での父や友との別れを哀しんで。 「人の世界はどうだ?」 「だいぶ慣れた。騒々しいが、人の世界はそれなりに面白いな」 奨がこの世界に来てから一年以上経つ。雨角零を手に入れるため、わざわざ天界から降りてきたのだ。自分の妻を手に入れるため、身分も何もかも捨てこの世界へとやってきた、かつてのグレス=ファディルのように。 「奨、あなたの願いは叶いそうか?」 奨は答えなかった。ただ穏やかな微笑を口元に浮べた。 「ただいまかえりました……って、あれ!? しょ、所長、こんなところで何してるんですか!??」 自分の部屋に上司の姿を発見し、零は驚いた顔をした。 「お茶を飲んでいる。見て分からないのか?」 「だから、そうじゃなくて……。いえ、もういいです。分かりました」 零の部屋はもともと一人暮らし用のものだ。男が三人いるとさすがに息苦しい。用も済んだところで誠司はそろそろお暇(いとま)することにした。 「それでは失礼する」 「ああ。また遊びに来てくれ」 奨は玄関まで見送りに来てくれた。 意外な人間関係に、零は頭を抱えて部屋の隅に蹲っていた。 「あの所長とふつーのお友達してるし……。すげぇ……」 零はぶつぶつと呟いていた。やや失礼な発言はしっかり誠司の耳に届いていたが、誠司は聞かなかったことにした。誠司の怒りのポイントはそんなところにはない。 「いずれ……」 ドアを閉める寸前、奨は小さな声で呟いた。それは零が帰ってくる直前にした、自分の質問の答えだと分かり、誠司は小さく笑った。 友人の願いが成就する日は、そう遠くないのかもしれない……。 完 |